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評者◆前田和男
若きLGBT人権活動家・尾辻かな子の巻⑭
No.3178 ・ 2014年10月11日




■最年少府議会議員の誕生

 LGBT人権活動家・尾辻かな子の“産みの親”である桂むつこも、尾辻同様カミングアウトはすべきだと思っていた。選挙運動も終盤になって尾辻がそれを持ち出したことで、「今こんな時にカミングアウトをして勝てると思っているの、あなたが連れてきたんだから責任を持ちなさい」と、“製造物責任”を問われたが、「それは当選してから考えたらいい」という選対の判断に従った。「候補者になったからにはオッツンが決めるべきこと」と考え、「候補者として気持ちよくやってもらい、本人が先に行き過ぎたらちょっと引き戻す役目もしつつ」、一スタッフに徹して選挙事務所につめ続けた。
 カミングアウトはできなかったが、LGBTの仲間たちも(多くは元アルバイト先のクラブやサークル活動で知り合った、選挙と政治からはもっとも遠い人々だが)、毎日手伝いに来てくれた。これは、尾辻にとって物心両面で大きな支えになった。
 心を許せるマスコミの記者たちには、自分が同性愛者であり、立候補した動機はLGBTの人権問題に取り組むためだと話した上で、「当選したらいつかはカミングアウトしますからそのときはぜひ取材してください」と告げたが、当選できる自信などまったくなかった。
 新聞各紙の事前調査に基づく予想でも、最後の2議席を、森山浩行(無所属新人、後に民主党衆議院議員)、奴井和幸(元自民党現職)、増山佳延(自由党新人)と尾辻の4人で争っていると書かれた。
 こうして開票の当日を迎えることになった。
 選対では、勝てるとしたら尾辻に親近感をもつ無党派層に選挙に行ってもらう――つまり高い投票率しかないと読んでいたが、あいにく当日の有権者の出足は前回に比べて悪かった(結局5割を大きく割り込み戦後最低の43・5%だった)。尾辻は事務局長から「敗戦の弁」を考えておくように言われ、投票をすますと自宅でインターネットの選挙速報を気をもんで見ながら待機した。事務所から電話で「当確がでたから」と呼び出されたのは12時を回っていた。結果は以下のとおり、なんとか接戦から抜け出し、最下位で滑り込むことができた。
 当選 西村晴天  公明(現)  36,993
 当選 樋口昌和  公明(新)  33,678
 当選 釜中与四一 自民(現)  27,404
 当選 中野清   自民(現)  21,110
 当選 土師幸平  民主(現)  21,063
 当選 奥村健二  共産(新)  20,612
 当選 関守    民主(現)  19,130
 当選 森山浩行  無所属(新)  18,317
 当選 岸上倭文樹 共産(現)  18,182
 当選 尾辻かな子 無所属(新)  15,254
 奴井和幸  無所属(現)     10,007
 増山佳延  自由(新)      9,839
 尾辻が事務所につくと、深夜まで我が事のように一喜一憂しながら開票状況を見守っていた支援者たちからレインボー色のジェット風船で祝福を受けた。驚いたのは報道陣の数の多さだった。いきなりマイクを渡された尾辻は、「敗戦の弁」しか準備していなかったが、マイクを握ると、想いのたけが素直に口をついて出た。それは翌日の新聞各紙に次のように紹介された。
 「土砂降りの中に虹がかかったよう。まっさらな私に期待してくれた票を忘れず、みんなで手をつないで虹を渡り、市民が主役の新しい政治を作りたい」(真っ先に“虹”を譬えに出したのは、尾辻の想いがLGBTの仲間たちにも届いてほしいと願ったからだった)
 「皆さんの力で奇跡が起きた。まだ経験の無い私に政治を変えてくれ、くれないとあかんという思いで投票して下さった」
 「これから4年間、市民が主役の政治をつくってゆきましょう。28歳が頑張っている姿を見てもらいたい」
 「私が分からないことは市民も分からない。まずは勉強です。私に投票してくれた市民の気持ちが原点です」
 翌朝、ほとんど徹夜状態のままで地元の中心街・南海堺東の駅頭に立ち、御礼の挨拶と抱負を語った。通勤客が買い求めていく駅前スタンドの新聞のどれにも、「最年少」の形容と共に自分の名前が大きく躍っているのを確認して、ようやく「ああ、自分は当選したんだ」と実感がわいた。
 尾辻の当選についてある新聞が「駅頭を歩いて市民と接する草の根選挙を展開。『公共事業のソフト重視への転換』などを掲げ、男性議員が9割以上を占める府議会の改革を訴えた。既成の大政党に飽き足らない有権者の気持ちをつかみ、急速に支持を広げた」と分析しているのを読んで、確かにその通りだと改めて自分の勝因を反芻した。
 大阪府全体では、自民40(3減)、公明23(1増)、民主18(7増)、共産9(3減)、社民2(±0)、無所属20(2減)。うち女性7(1増)。もっとも特徴的なのは世代交代で、平均54・4歳と一気に5歳以上も若返った。そのシンボルが最年少当選者の尾辻だった。
 一方で今回の統一地方選全体は様々な問題をはらんでいた。小泉構造改革の一環としての三位一体改革、9・11をうけたイラク派兵問題など、有権者に訴えて共に考えるべき重要課題があったが、いずれも焦点にはできなかった。その結果が大阪をふくむ過去最低の投票率で、民主主義の学校である地方政治にとって由々しき問題だった。しかし、尾辻は、自らの当選を噛みしめるのに精いっぱいで、中央と地方をめぐる政治課題をじっくり見据える余裕はまだなかった。
 ようやく当選の実感がわく一方で、一日二日と時がたつにつれて、喜びは不安に変わった。百人以上いる府議会で未経験の自分にいったい何ができるだろうか、と。さらに、もうひとつ、選対で先送りにされたカミングアウト問題が胸中で首をもたげてきた。
(本文敬称略)
(つづく)







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