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評者◆殿島三紀
おそるべし。ハンガリー映画――監督ヤーノシュ・サース『悪童日記』
No.3178 ・ 2014年10月11日




■『ケープタウン』『郊遊〈ピクニック〉』『フランシス・ハ』『柘榴坂の仇討』『悪童日記』を観た。
 『ケープタウン』。南アフリカが舞台だ。監督・脚本はジェローム・サル。フランス映画ながら全編英語。オーランド・ブルームとフォレスト・ウィテカーが相棒刑事となって、アフリカをむしばむ巨悪に挑む。
 『郊遊〈ピクニック〉』。台湾の蔡明亮監督。本作を最後にもう劇映画は撮らないという。監督お得意の度肝を抜く長回しを駆使し、台北の廃墟に暮らす親子を描いた。台湾アートと呼びたいほどの作品だ。
 『フランシス・ハ』。監督・脚本・製作はノア・バームバック。共同脚本は主人公を演じたグレタ・ガーウィグ。ヌーヴェル・ヴァーグを彷彿させるモノクロ画面。夢を追う少女(といっても30歳を超えているが)が現実に向き合っていく。ある種ビルドゥングス・ロマンとでもいうべき映画。
 『柘榴坂の仇討』。浅田次郎短編集『五郎治殿御始末』(2003年)の中の一編『柘榴坂の仇討』を若松節朗監督が映画化。桜田門外の変のその後を描いた作品。仇を討つもの討たれるもの。江戸から明治への時代の奔流に男たちと夫婦の情が翻弄される。中井貴一主演。
 今回紹介するのは『悪童日記』。オリジナルタイトルは“Le grand cahier”。「大きなノート」と訳せばいいのか。今から30年程前フランスで刊行されベストセラーになり約40ヶ国語に翻訳。日本でもブームになったアゴタ・クリストフによる同名の著作だ。ハンガリー出身ヤーノシュ・サース監督の映画化作品である。
 著者のアゴタ・クリストフは1956年ハンガリー動乱の年、娘を出産。その後、動乱が鎮圧され、スイスへ避難。フランス語が話せなかった彼女は女工として働き、ハンガリー語の詩を書き続けた。その後、フランス語を猛勉強しながら、詩や戯曲を同人誌に発表。初めはハンガリー語で、その後、フランス語で書くようになり、初めて書いた小説『悪童日記』(1986年)をフランスの出版社から刊行。ハンガリーの映画といいながらフランス語のタイトルがつけられているのにはそんな事情もあったのだ。
 本作は第二次世界大戦下、双子の兄弟が生まれて初めて会う祖母の住む町へ疎開し、そこで経験した日々を描いた話。両親と別れて二人だけでブダペストから国境沿いの見知らぬ町へやってきたイノセントな兄弟。良い子でいるように、しっかり勉強するようにという母親との約束を守り、父にもらった大きなノートに日々の暮らしを綴る形で映画は進行する。二人はなすべきことをきちんと行っていくだけなのに何故こんな展開になってしまうのか。あ、それは内緒である。
 少しも難解な作品ではない。なのに、どうしてここまで不条理なのか。素直な描写なのに何故こんなに戸惑わされるのか。
 しかし、『悪童日記』というタイトルから、誰がこんな内容の映画を想像できただろう。いや、本当に東欧の映画はすごい。ズシンと来た。原作は未読だが、その方が良かったかもしれない。
 ナチスドイツに占領された隣国との国境の田舎町にも戦争の影は濃く深く忍び寄り、ユダヤ人は容赦なく死への行進に駆り出される。映画はひとつひとつのエピソードをことさらに抉り出すでもなく静かに描出する。
 主演の双子の兄弟はハンガリーの寒村出身の素人でありながら、観る者の心をかき乱すほどの存在感。存在感といえば、二人が身を寄せる祖母もすごい。こういう作品の場合、普通連想するのは鶏ガラのような老婆だろう。が、この老女、身動きも不自由なぐらいに太っている。そこもかなり怖い。
 彼らはモンスターなのか? そんな感想は、戦争を知らない、真の困窮も知らない、悲しみを乗り越えることも知らない甘ちゃんのものなのか。これは必見。
(フリーライター)

※『悪童日記』は、10月3日(金)より、TOHOシネマズシャンテ、新宿シネマカリテ他全国順次ロードショー。







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