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評者◆志村有弘
南北朝時代の伊予の若武者を描く多嶋海彦の歴史小説の力作(「海の英傑・忽那義範伝 黄金の龍」「海峡」)今野奈津子の娘の父親に対する憎しみと愛を綴る「イガ栗」(「とぽす」)。そして家族・母を綴る作品群
No.3178 ・ 2014年10月11日




■歴史小説では、多嶋海彦の「海の英傑・忽那義範伝 黄金の龍」(海峡第32号)が力作。南北朝時代、忽那島を拠点とする義範の凛々しさと、謎に満ちた美女里津に心惹かれてゆく様子がよく描かれている。海の戦闘法などを詳細に調査し、それらを柔軟に取り入れながら、読ませる作品を造り得ている。
 崎田みさきの「救民」(渤海第68号)は、飢えに苦しむ人たちを救おうとして強訴した元与力を描く。大坂の豪商たちや奉行所に米を与えて欲しいと頭を下げ続ける青山左京。だが、その願いは空しく終わり、左京は豪商の米蔵を襲う。旗印は〈救民〉。強訴は一時、成功したかに見えたが、左京をはじめ強訴隊は敗北する。左京の首級に合掌する飢民や百姓の姿が印象的だ。ドラマ化したい作品。
 現代小説では、今野奈津子の「イガ栗」(とぽす第56号)が見事。語り手の恵美子は、高校生。母はお好み焼き屋を営み、父は「宮づかえは性に合わん」と言って勤めを辞めた。恵美子は父のことを「あいつ」と言い、侮蔑の念を抱いている。イガ栗とは父親の血液の形。普通は丸いのに、父のはイガイガした形であるという。父は末期癌。酒を呑むため病院を抜け出して家に来る父。娘は父への憎しみとは別に、病室に泊まったり、看護もする。母の優しい姿が好ましい。どうであれ家族なのだ。わがままを通した父。しかし、父なりに家族に対する愛情を抱いていた。歯切れのいい文章と共に、読後の爽やかさが光る。
 朝岡明美の「カプチーノをもう一杯」(中部ぺん第21号。第二十七回中部ペンクラブ文学賞受賞作)も、〈家族〉を考えさせられる作品。邦子の息子が死んだあと、再婚した元嫁が残していった子どもたちと会い、次第に邦子の家に出入りするようになる。邦子が育てている孫たちも年齢相応の姿に描き分けられており、次第に元嫁を受け入れてゆく邦子の心の変化も巧みに描かれる。文章も達者だ。
 今回は、研究・回顧という領域の作品が目立った。「群系」第33号が「昭和戦前・戦中の文学」の特集を組み、多くの力作評論を掲載。永野悟の「昭和の哀傷と傷痕」が小林秀雄・保田與重郎・伊東静雄・逸見猶吉を視座として、彼らが〈昭和〉という時代から受けた影響を考察。同誌には大和田茂の「細田源吉のこと」など注目に価するエッセイも登載。伊藤雪町の「われは隈なく奪われて――「中城ふみ子」覚書」(さつき第6号)は短編ながら、中城ふみ子の生涯を読物風に綴る佳作。「俳句史研究」第21号は、原田暹の「波多野爽波――人と作品」・桑島啓司の「和歌山の俳人たち」・鈴鹿仁の「鈴鹿野風呂・父と俳人」・島田牙城の「中西其十發見」と、明治・大正・昭和期の俳人研究が並ぶ。同誌掲載の知岡子郷の「「椰子会」五十五年半の歩み・私記」は、昭和32年~平成24年にいたる俳句グループ「椰子会」の歩みを綴る。これも一つの文学資料。
 〈歩み〉といえば、短歌誌「ナイル」が創刊以来200号を重ねた。発行人の甲村秀雄が「ついに軌道に乗った」と述べ、同人諸氏が創刊当時の思い出を述べる。氷室敬子・濱谷美代子・稲泉真紀・田宮和子の「物故同人回顧録」も貴重。また、詩誌「焔」が100号を重ねた。「焔」は相良蒼生夫の言葉を借りれば「民衆詩派の重鎮福田正夫氏主宰による、一鍬一鋤、一歩一歩、荒蕪に墾道を拓いてきた詩誌」である。同人諸氏が100号の感懐を述べており、福田美鈴の繰り返される「感謝」という言葉が全てを表わしている。なお同誌掲載福田美鈴の「井上康文のこと――『民衆』から『民衆』へ」は民衆詩人井上康文の閲歴と共に井上の果たした役割、当時の詩誌や白鳥省吾・福田正夫などの行動を記し、資料的価値が高い。
 詩では、藤原重紀の「麦秋」(木偶第94号)が哀しい。妻を亡くした息子を「大丈夫か」と案じていた母が、今は認知症で施設にいる。面会に行くと、母は病気が治ったので「戦争も終わったし/みんな戻ってくるように/ちゃんと 家を光らせておくべし/早く家に帰ろ」と話す。認知症とはいえ、母の愛の深さ。しかし、やりきれない詩だ。今井直美男の詩「旱魃問題」(叢生第193号)は、八十歳を過ぎて動脈硬化となり、医師から「毎日水二リットル」摂るように言われていることなどを綴る。「地球の砂漠化は進むばかりだが」という末尾の文が暗い未来を暗示しているようで不気味だ。
 短歌では、碓田のぼるの「一年有半」(民主文学通巻637号)と題し、(二〇一三年―一茶生誕二五〇年)の付記をした「「とく暮れよことしのやうな悪どしは」と封建の世より撃ちてくる信濃の一茶」、そして「負わねばならぬもの負い妻の命守り九十歳に傾きて生く」の歌が哀しく響く。
 俳句では、川上弥生の「沙羅の花咲かせて母のなきことを」、小銭貞雄の「亡き母の笑顔彷彿蓬餅」(喜見城第776号)という亡母に思いを馳せた句が心に残る。
 「流浪」が創刊された。同人諸氏のご健筆を期待したい。「回転木馬」第24号が渡邊能江、「新アララギ」通巻200号が志摩みどり、「新現実」第121号が小山榮雅の追悼号。ご冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)







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