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評者◆前田和男
若きLGBT人権活動家・尾辻かな子の巻⑬
No.3177 ・ 2014年10月04日




■大阪府会議員へ挑戦

 尾辻かな子から、「どこかで選挙に出たい、議員に挑戦してみたい」と相談された桂むつこは、来るものがやっと来たかと感じた。インターンとして受け入れてみて「オッツンは(政治の)現場で即戦力になってくれると実感したので、どのタイミングで、どんなステージで選挙にチャレンジしてもらえるのかなあ」と期待していたのだという。
 桂がつないでくれたのは、大阪府堺市選出の府会議員の山中きよ子だった。4期16年のベテランだが、次回で引退の決意をかためて後継を探していた。桂とは関西圏の革新系無所属議員同士でつながりがあった。
 山中に会うと、大阪府議会の“惨状”を聞かされた。
 議員総数112名。うち女性はたったの7名。平均年齢約60歳。世襲議員が12名(縁者を大阪市会議員、国会議員にまで広げると18名)。前回の党派別当選者数は自民43、公明22、共産12、民主11、社民2、無所属22で、政治を“稼業”とする男たち(それも年寄りの)が壟断している、日本の地方政治の縮図そのものだった。それに抗うシンボルとして頑張っていたのが山中だったが、後継を立てられずに引退すれば、その壟断ぶりはもっとひどくなるのは目に見えていた。そうはいっても、当初尾辻は“師匠”の桂のような地域密着の市会議員を考えていたので逡巡があった。しかし、ひと月ほど熟慮して「やらせてください」と申し出、山中もそれを快諾した。
 かくして政治に名乗りを上げることになったが、当時の大阪府議会堺選挙区は定数10、自民、公明、共産、民主、無所属の有力候補11人がすでに立候補を表明、そこへ山中の後継ではあっても堺には縁もゆかりもない“落下傘”として割り込むとなると、情勢的には厳しかった。しかし、“産みの親”の桂の眼には、前回の統一地方選あたりから既成政党が信頼を失い、増え続ける無党派層の受け皿に革新系無所属がなるトレンドが都市部では生まれており、その流れに乗れれば勝機はあるように見えた。
 問題は戦い方だった。尾辻が選挙前に心に決めていたのは、「聞かれたらウソはつかない、自分が同性愛者であることを隠すことはしない」だった。そもそも尾辻が政治に打ってでる決心をしたのは、自身が同性愛の当事者であり、だからこそ少数者の目線で政治にかかわり、誰もが自分らしく生きられる世の中にしたいと思ったからだった。しかし“神輿”に担がれているという遠慮もあり、支援メンバーの間にある“フレッシュな女性の市民派”として戦うという“暗黙の合意”に乗るしかなかった。
 選挙のためには選管に政治団体の届け出が必要だが、その名を「尾辻かな子とレインボーネットワーク」としたことが、LGBT当事者の尾辻としてはせめてもの“内なる主張”だった。ちなみにレインボー(虹色)は欧米ではLGBT人権運動のシンボルカラーであり、「あなたたちの課題に関心をもつ当事者がこうして政治に挑戦している」ことをLGBTの仲間たちに気づいてほしい、そんな願いをこめたつもりだった。
 しかし、表向きは若い女性の市民派として選挙運動をしなければならず、秋から始まって年を越し4月の本番が近づくほどに、自分を隠し続ける「しんどさ」が募りにつのってきた。選対(選挙対策)本部長の山中きよ子からは、「かなちゃんの話は、なんだか賢そうに聞こえるだけで、聞いている相手に伝わっていないよ。もっと喜怒哀楽を出しなさい」と教育的指導が入ったが、肝心なところを隠さなくてはいけないのだから、言葉に魂が入らず、相手にも伝わらないのは、当然といえば当然だった。
 もう限界だという尾辻の気分をさらに押す事件が起きた。上川あやという性同一性障害の当事者が“出自”を明らかにして東京の世田谷区議選に立候補、全国紙でも報じられた。「さぞや勇気がいっただろう」とエールを送ると同時に「時代は変わり始めている」とも感じ、「それなのになぜ自分は隠したままなのか」と内心忸怩たる思いにとらわれた。
 そこで、尾辻は意を決して選対会議の場で、上川の“カミングアウト出馬”を話題にした上で、「実は私も同性愛者です。自分がそうであることを公表して選挙がしたい」と申し出た。
 山中や桂ら数人には同性愛者であることは伝えてあったが、ほかのメンバーにとっては寝耳に水だったので、びっくりされると同時に議論は紛糾した。「尾辻をそうと知らずに応援している人たちにどう説明するのか」「今から一人ひとりと会って、十分説明する時間はない」「理解はするが、そういう話題性だけでは選挙には勝てない」などの反対意見が出された。
 カミングアウトすれば、自分と同じような境遇の当事者たちに「あなたは一人じゃない」と伝えることができる。しかし、そうした尾辻の想いのたけを、異性愛者である周囲の人たちに理解してもらうには、あまりにも時間がなさすぎた。思えば、自分自身が同性愛者であると気づいてから周囲にカミングアウトするまでに5年近くも費やしているのだ。選挙準備に忙殺されて30分ほどで切り上げなければならない会議で、彼らに理解を求めることなどどだい無理な話だったのかもしれない。結局、「カミングアウトそのものは否定しないが、それは当選してから考えたらいい。今は当選することを目標にするべきだ」ということで決着をみた。本番まで余すところ一ヵ月を切っていた。
(本文敬称略)
(つづく)







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