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評者◆秋竜山
小津さんに泣かせてほしい、の巻
No.3175 ・ 2014年09月20日




■ただ、驚くばかりだ。その昔、手塚治虫さんは、ディズニーの一本の漫画映画を映画館に通って数十回も観続けたという伝説がある。そして、さらに驚かされるのは、これはもう驚きを通り越して、あきれてしまう。リッパとしかいいようがなかろう。〈小津安二郎の作品を、三十年以上も昔、ニューヨークで初めて見て以来、少なく見積もっても二百回以上みている〉と、いうのが、末延芳晴さんである。『原節子、号泣す』の著者だ。末延芳晴『原節子、号泣す』(集英社新書、本体七六〇円)が、その本。まず、私は感服した。号泣する原節子に気づいた点である。爆笑する原節子ではないという点だ。そういえば、爆笑している原節子をみたことがない。しかし、人は爆笑している姿などみたくもなく喜びもしないだろう。やっぱり泣いている姿だ。それも、ただの泣くところではない。美女を笑わせてなにが面白いか。やっぱり泣かせるのが最高にいいだろう。小津映画から、誰もが原節子の号泣を観ているはずだ。気づいていたが、それより発展しなかっただけである。
 〈人はなぜ泣くのか。ほとんどの小津映画で女優たちは泣いてきた。杉村春子の泣く演技。女性を泣かせることに関する小津式法則性〉(本書より)
 私がもっとも残念なのは、今、他に号泣させてみたい女優が何人かいる。小津監督が生きていたら、泣かせてほしいホトトギスである。
 〈今、試みに、私の見た範囲内に限って女優が涙を流す、あるいは泣いている小津作品をリストアップすると、次のように作品の数では三十本、女優の数では、スクリーンのうえでは泣いてないものの、本人の口、あるいは第三者の口から泣いたとされている、「お茶漬の味」の木暮実千代や、「秋刀魚の味」の岩下志麻まで入れて、子供も含めると延べで五十八人となる。〉(本書より)
 これだけフィルムをつないでも一本の映画になってしまうだろう。女優たちを泣かせているのは小津監督以外に数え切れないほどいるだろう。女優はシナリオによって号泣する。シナリオに泣く場面がない限り号泣できないのだ。そういうシナリオに出会った女優は幸運というしかないだろう。〈二階にかけ上がり号泣する原節子。「麦秋」(昭和26年/松竹大船)より〉とか、〈身体を捩らせて号泣する原節子。「東京物語」(昭和28年/松竹大船)より〉とか、〈最後の母と娘の旅行で布団のうえに座り、涙をぬぐう原節子。「秋日和」(昭和35年/松竹大船)より〉とか、もう切りがない。そんな写真が本書に数えてみたら四、五十枚もあるということだ。杉村春子とか飯田蝶子とか、香川京子まで大泣きしているのである。こっちまで、つられて泣きたくなるほどである。
 〈小津安二郎は、その監督生涯を通して一番多くの女優を泣かせた監督であった。〉(本書より)
 女優に限らず、女性が泣く、という時代がかつて日本にあった。ところが時代が変わると、今度は、男が泣くという珍現象の時代となってしまったようである。やめてくれ。男はやっぱり顔で笑って心で号泣がいいだろう。








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