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評者◆梁英聖
京都朝鮮学校襲撃事件高裁判決に寄せて――民族教育の意義を認めた画期的判決の実践的意義について
No.3173 ・ 2014年09月06日




■去る七月八日に大阪高裁で下された京都朝鮮学校襲撃事件の控訴審判決は、明確に民族教育を、保護すべき法益に含めた点で画期的であった。判決の実践的意義について考えてみたい。
 同事件は在日特権を許さない市民の会(在特会)らが二〇〇九年一二月以降、授業中の京都朝鮮第一初級学校を襲い、学校備品を破壊し大音量でヘイトスピーチ(差別扇動表現)を浴びせ続ける等した、前代未聞のヘイトクライム(差別犯罪)であった。地裁判決は事件を人種差別撤廃条約にいう人種差別であると認定、一二二六万円の賠償命令を被告在特会らに言い渡し、学校周囲二百メートルでの街宣禁止をも勝ち取った。
 地裁判決が覆されないか関係者が憂慮する中、大阪高裁は賠償額と街宣禁止について維持した上、大幅な加筆によって学校側が「被った無形損害」に「民族教育」を含めた。
 当日、保護者から「びっくりするほど良い判決。民族教育のことで突っ込んで書いてくれた」と声が上がったという(七月二四日『朝鮮新報』板垣竜太氏)。機会あって学校側弁護士に話を伺ったが、民族教育権侵害が認められなかった地裁判決時は、保護者たちが互いに顔を見合わせ喜んでよいのか戸惑った。だが今回は皆で喜びの声を上げたそうだ。
 この話は端的な形で、学校関係者はじめ在日コリアンのエンパワメントにとって、頻発するヘイトスピーチ/クライム(以下、ヘイト)が単に「人種差別だ」と認められるだけではなお不十分であることを示す。それほど日本政府は戦後あまりにも長きにわたり、在日コリアンの存在や歴史的経緯について公的に否認し続けてきた。特に民族教育――解放直後の教育弾圧とその歴史や学校教育からの体系的な排除等――の否定はその最たるものの一つである。そういう文脈下で「人種差別ですよ」とだけ言われても、当事者がどうしてエンパワメントされようか。
 だから高裁判決は画期的だった。前掲記事で板垣氏が既に指摘しているが、まず朝鮮学校について「民族教育を軸に据えた学校教育を実施する場として社会的評価が形成」、「在日朝鮮人の民族教育を行う学校法人としての人格的価値を侵害され」等の表現で、従来培われてきた民族教育施設としての社会的評価や人格的価値を侵害された法益として認めた。
 判決は第二に「本件学校の教育環境が損なわれただけでなく、我が国で在日朝鮮人の民族教育を行う社会環境も損なわれた」と明記した。一般的に日本で「民族教育を行う社会環境」を法益に含めたのは極めて重要だ。なぜなら全国の朝鮮学校だけでなく、韓国学校やコリア国際学園も、公立校の民族学級も、さらには私たち在日コリアン青年連合(KEY)のハングル講座等のサークルから家庭での教育に至るまで、保護すべき民族教育に含むだろうからだ。
 確かに判決は自由権規約第二七条や子どもの権利条約第三〇条等の諸人権条約が認めて久しい、従来私たちが求めてきた水準の民族教育権について、用語も採用せず直接の言及もない。しかし朝鮮学校の社会的評価・人格的価値と日本で「民族教育を行う社会環境」を法益として認めた点では明確に民族教育の権利を承認したと言える。
 そしてこのささやかな勝利でさえ恐らく戦後初めての快挙なのだ。この画期性はむしろ前述したような戦後日本が未解決のまま放置した諸問題を浮き彫りにするが、これは同時に現在の反ヘイト実践が直面している難問に直結する。
 日本には欧米で築かれてきた水準でいう反差別規範が市民社会に根付いてこなかった。二〇一三年のカウンターを含む多くの反ヘイト実践の功績は、醜悪なヘイト街宣に対し理屈以前の次元でとにかく「否」を表現する方法を実践してみせ、マスコミが従来取り上げてこなかった差別事件をニュース化するようになる等、萌芽的ながらも日本での反差別の規範形成に大きく貢献した点にある。その社会的影響は部分的に本件地裁/高裁判決にも及んだと見るべきだ。反ヘイト実践のような反差別のシングルイシューの運動は、今後も反差別規範を形成する上で不可欠な契機をなすだろう。
 ただしそこでの「反差別」は主に、最も悪質かつ醜悪な街頭でのヘイトに向けられている。在特会らの「我が国の認可を受けた学校でも何でもない」の言は国・自治体の言い分そのものだが、反ヘイト側はどれだけ対抗できるのか。当事者のエンパワメントに必要な、民族教育権等マイノリティの権利擁護にまで、「反差別」が拡張されるか否かは問われよう。
 さらにたとえシングルイシューで反差別を闘おうにも、日本では「こいつら密入国の子孫」(判決)等の歴史否定論に直面せざるを得ない。加えて日本には欧米でいう反差別規範だけでなく、反ナチのような反歴史否定の規範さえ存在しない。だから日本で反ヘイト実践は反差別のシングルイシューの運動なしに闘いえないのと同時に、その運動が独力で勝利を得ることも難しい。日本で反差別と反歴史否定論の二重の規範形成を、いかに成し遂げるのかという難問に私たちは投げ込まれている。
 諦めなかった学校関係者らの闘争のおかげで、私たちは上の課題にとって武器になる稀有な判決を手にした。今度は私たちの番だ。判決の秘める「歴史的経験を出発点に民族教育権を確立するための礎となる可能性」(板垣氏)を実現しうるか否かはそれぞれの立場からの、二重の社会規範をいかに形成しえるか、さらにそこで判決をどう活かせるかという、戦略と工夫に満ちた実践にかかっている。
(在日コリアン青年連合〔KEY〕)







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