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評者◆池田雄一
夏だ、美保純、お風呂に入ろう!
No.3171 ・ 2014年08月16日




■――今回は夏だということもあって、若者論から入りたいと思います。難波功士『大二病――「評価」から逃げる若者たち』(双葉新書)なんていう若者論の本も出ましたね。工藤啓/西田亮介『無業社会――働くことができない若者たちの未来』(朝日新書)なんて本も出ています。
▼もはや懐かしいような気もするけど、ニートという言葉が使われるようになった時期は、「若者」という存在そのものが、何だか「国民の敵」みたいなものとして表象されていたでしょう。ほんとうは、自分の将来に対しての不安を若者に投影していたんだけど。そのような状況に対する「解毒剤」として、本田由紀とか玄田有史といった人が論客として活躍していた。
 その一方で、自分たちをプレカリアートとして再定義する動きや、雨宮処凛の「生きさせろ」というスローガンに象徴される異議申し立てがあって、それぞれが何となく繋がっていた。これらの動きは、言論による批判やアイデンティティの争奪戦といった政治的な活動のはずだったんだけど、いつのまにか行政による「手当」の問題になってしまった。民主党が政権をとることによって、このような再包摂が完成された。ところが、二〇一一年に震災と原発災害が起きて、行政の問題だったはずのものが、より抽象的な問題にシフトしてしまった。民主党の党首が不能なる他者となってしまい、「生きさせろ」コール、もしくは「やめろ」コールが沸き起こった。若者論騒動は、そこでいちど終わっているんだよね。
 『大二病』や『無業社会』といった若者論を読むと、議論がいちどリセットされているような印象があるよね。たとえば『大二病』なんだけど、自意識が肥大しすぎて現実が見えていない若者というのは、自分の周りにもいなくはないけど、学生に対しての愚痴をもっともらしく語っているような気がしないでもない。就職するために大学に入るという発想がそれほど異常なものではない、という主張は新鮮にみえたけど。
 ――ほかでは、阿部真大『地方にこもる若者たち――都会と田舎の間に出現した新しい社会』(朝日新書)という本があります。地方では過度にモータリゼーションが発達し、かつての商店街が消え、それとは逆に巨大ショッピングモールが点在していて、若者にとってのユートピア的空間として機能していると。
▼地方都市がユートピア的な閉域を成していて、そこに住みつく若者が増えている、という話だよね。地方って、一般に自然が豊かだというイメージがあるはずなんだけど、そこで生活していると、むしろ人工的な空間のなかにいる気がする。車で一時間かかるショッピングモールに行くときでも、車という人工的空間から、ショッピングモールという人工的空間へと「乗り換える」だけみたいだよね。
 ――家を出たら、体がふわっと浮いて、ショッピングモールに連れて行かれるような感じですか。なんだか、「新潮」に掲載されていた上田岳弘の小説「惑星」を思わせるサイバーな展開です。今回が上田氏の受賞後第一作ですが、デビュー作「太陽」についてはこの連載で「GPS小説」と名づけましたよね。
▼今回も既存の小説のコードを使っていないよね。メディオロジー関連の本で読んだ気がするけど、人類が使っていたメディアとして、遺伝子、記憶、テクノロジーの三つがあるらしい。人間はテクノロジーを獲得したあとには、もはや遺伝子的な進化をやめているらしい。進化するのはテクノロジーの方だと。記憶にしてもテクノロジーにしても、メディウムであると同時に時間とともに蓄積されていくものでもある。テクノロジーも蓄積されているから進化しているように見える。「惑星」から読みとれるテーマのひとつは「記憶喪失」なんだけど、ここでは記憶の蓄積をテクノロジーの蓄積が凌駕してしまった状態が描かれている。
 ――既存のコードを使っていない小説って、一体どうやって読んだらいいんですか。
▼知らないよ。でもこの小説は、物語というよりは文の集積だよね。より正確には、集積物以上、建築物未満といったニュアンスだけど。文を追っていけばゴールに辿り着くという性質のものではない。そして辿り着かないことのアレゴリーとして、「最終結論」とか「肉の海」とか、さまざまな単語がでてくる。
 この小説が説得力を持つとしたら、とりあえずの作品全体をまとめるための道具として二〇二〇年に開催される東京オリンピックが使われていることでしょう。この小説を読んでいると、東京オリンピックって、結局何なのかわからなくなってくる。
 「惑星」と対照的な小説が小野正嗣「お見舞い」(「文藝」)だよね。テクノロジーというか人工物のイメージは排除されて、むしろ記憶そのものが舞台になっているような小説だよね。
 ――一転、滝口悠生「愛と人生」(「群像」)は下町というか、「寅さん」の世界を小説で描いた作品で、『男はつらいよ 寅次郎物語』がベースになっています。
▼矛盾している表現だけど、寅さんって「国民的な親密圏の人」っていう印象でしょう。この矛盾がなぜ成立するかという謎に迫った作品と言える気がする。なんか日本人って、映像的なキャラクターとすぐに親しんでしまうでしょう。テレビなどの映像との距離が異様に近い。だから今まであまり明らかにならなかったけど、寅さんってじつは不気味な存在だよね。寅さんというキャラが渥美清というひとりの人間の社会的ペルソナを完全に喰ってしまった状態なわけだよね。そのことを描くには、じつは小説が一番向いている。
 ――後半には『幸福の黄色いハンカチ』のことも出てきます。渥美清も渡辺係長役でこの映画に出演していますが、どう見ても寅さんにしか思えません。
▼この小説では、寅さんは「寅さん」、さくらは「さくら」と表記されるけど、美保純が演じる、タコ社長の娘のあけみは「美保純」と表記されるんだよね。ここが鍵になるんだと思う。高倉健は「男」と表記されて、高倉健という名前は出てこないんだよね。思えば高倉健って渥美清とは真逆で、何に出ていても「健さん」なんだよ。
 この寅さんシリーズがもっている中毒性って、ショッピングモールがもっているそれと似ているよね。「惑星」に出てくる「肉の海」みたいなものにも似ている。メディアを介在して匿名の人びとが繋がっている状態なんだけど。寅さんというのは「肉の海」をつくるための疑似餌だと思う。ついでに言えば、東京オリンピックも疑似餌だよね。それにしても、この小説を読んでいると、なぜか美保純と風呂に入りたくなるよね。
――つづく







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