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評者◆原書房・成瀬雅人社長
第三回 「本をつくる、本をひろめる」
No.3170 ・ 2014年08月09日




■海老名市立中央図書館は7月13日、出版社と図書館の連携について考える第3回「出版社と図書館をつなげる」シリーズを同館で開き、原書房の成瀬雅人社長が「本をつくる、本をひろめる」と題して講演した。成瀬社長は、「以前に比べて本の売行きが半減している」と出版社の窮状を伝えるとともに、「図書館があるから出版業を続けられている出版社は多い」と図書館市場の重要性を強調。「図書館に置いてある本の後ろにはたくさんの読者がいるかもしれない」とその可能性を訴えた。講演要旨は次の通り。


●図書館が買ってくれる1冊の本の後ろにたくさんの読者がいる――政治の不足補い、住民に選択肢としての情報を提供し続ける最後の防波堤

○配本数が半減出版社も危機的状況に

 原書房は1949年の創業で今年65周年を迎える。社員はいま約20人。多い年で年間120点の新刊を出している。元々は、歴史の本が多いが、国連の年鑑の日本語版や明治以降の様々な政治史・軍事史などの文献をまとめた日本近代史資料といった図書館や大学に置いてもらえる硬い本から、ミステリーやロマンス小説まで手掛けている。
 現在の出版界の市場規模は1兆7000億円と非常に小さな業界。雑誌を除いた本の売上は約8000億円。私は20年以上、この業界にいるが、私が入って数年後に業界はピークを迎え、その後はほぼずっと落ち続けている。
 そのなかで、出版物の卸会社である取次が数社なくなったり、街の本屋を中心に書店も減ってしまった。ただ、意外と出版社は潰れていない。潰れたとしても出版の本業ではなく、例えば不動産事業の不振など別の理由で倒産したところが多い。真面目に本づくりをやっているところは結構、しぶとく頑張っている。
 ただ、毎年ものすごい数の新刊書が出ていて、みんな口には出さないが、「もう少し淘汰されて出版社の数が減ったほうが、商売がやりやすい」と心の中で思っている。刊行点数を増加させてきたのは、この業界特有の委託制度によるもの。しかし、返品率の高まりとともに、その制度自体が機能しなくなってきた。
 というのも、以前であれば書店から500部注文を集めてくると、合計で1000部以上は配本してもらえた。だが、最近は500部集めるのも大変で、たとえ集めたとしても上乗せ分はせいぜい100部程度。以前の半数くらいしか配本できないのが現状。おそらくこの状況が続くと、私どももそうだが、続けられなくなる出版社が増えてくると危惧している。

○著者と読者、どっちが大事!?

 最近、出版社は著者と読者、どっちを大切にしているのかと考えるようになった。専門書をつくっている出版社の人はどちらかというと著者のほうを向いている人が多いように思う。一方で実用書や児童書をつくっている出版社は読者のほうを向いている。
 当たり前だが、著者と読者をつなぐのが出版社、すなわち編集者や営業の仕事。この原点を思い出したら色々なことが見えてきた。専門書の編集者はあまり読者を見ずに著者を大切にする。営業も読者のほうを見ているふりをして、実は書店ばかりを見ている。この微妙なズレが、本が売れない一番大きな原因になっているのではないだろうか。
 このズレを修正してゆくと、淘汰される出版社は増えるのかもしれない。つまり、この考えを突き詰めると、出さなくてもいい本がたくさんあることに気付くからだ。紙の本として残すべきもの、それと電子書籍やネット配信で済むものに、うまく分散していけば、結果として出版文化というものが続いていく一つの切り札になるかもしれない。

○少部数版元を支える存在

 当社の主力分野である歴史の本が売れなくなっている。実用書の出版社が出す、分かりやすい歴史の本で売れているものはあるが、歴史ある出版社の歴史の本が売れなくなっている。以前は初版4000部で、重版を2、3回繰り返して1万部売れるような本があった。それが、今は同じような売れ行きを見込めそうな本も初版は2000部で、そのほとんどを売り切ることができずに終わっていく。2000部という数字は微妙で、そのうち、1000部が図書館に入ったりするので、一般の読者は歴史の本を買わないのかと思ってしまう。その話を読者の方にすると、「原書房の本は高いから」と言われた。
 しかし、ここ20年は本の価格をあまり変えていない。以前に4000部刷っていた本が、今は2000部しか刷れなくて、定価も上がっていない。これはゆゆしき事態。もっと売れなくなってしまえば、出せなくなる本も増えてくる。経営者としては定価をもっと上げたいと考えるのだが、本の売れなさを知る営業の第一線は反対する。結局、価格は上げられないままで、1点あたりの部数が減っている。今後を考えるとお先真っ暗……。
 しかし、本当に本は売れていないのだろうか。ブックオフやアマゾンなどで中古本が売買されている。その数字は統計に現れていないが、電子書籍も含め、広い意味で本を買って読んでいる人は案外減っていないのではないか。そうでなければ、日本はもっと早くに駄目になっている。本が昔より半分しか売れなくなった国の文化は滅ぶ。残念ながら、新刊書の販売は伸びていないが、まだ本は売れている。別の言い方をすれば、本はまだ読まれている。それには図書館という市場の存在が大きい。
 昔から公共図書館を無料貸本屋と非難する声があった。それは図書館がタダで本を貸すから本が売れなくなるという考えからくるもの。一部の文芸書については、図書館の影響は少なくないのかもしれない。しかし、小さな出版社、発行部数の少ない本をつくっている出版社からすると、図書館があるから出版業を続けていられる、というほど図書館の意味合いは強い。おそらく、全体でみると、そうした出版社の数は半分とはいわないが、それなりに多いのではないだろうか。

○押しつけでない読書指導を

 先日開かれた東京国際ブックフェアのシンポジウムで、ジュンク堂書店難波店の福嶋聡店長が、書店と図書館の本質的な違いについて、「書店は経済、図書館は政治を担う」とおっしゃっていた。この言葉が腑に落ちた。図書館の方は、図書館を住民のニーズに応えるサービスの場と思っている。それは正しい。それを、あえて政治という言葉を使ったのは、図書館はもっと主張したりアピールしたりしてもいいとおっしゃりたかったのではないか。少なくとも私はそう捉えた。
 図書館はもっと今よりも強く、押しつけではない読書指導をしてもいいのではないか。例えば、原発再稼働というのが当たり前の情勢で、しつこく原発問題の本を展示し続けるとか、あるいは集団的自衛権に対しては、本当の意味での戦争と平和の本を展示し続ける。そういうことをする最後の防波堤が図書館なのではないか。
 原発や集団的自衛権に反対せよ、ということではない。何が問題なのか、政府がきちんと情報提供していない。その政治の不足している部分を補うもうひとつの政治――そういう役割を果たす場が、図書館なのではないか。
 福井県や佐賀県の図書館に行くと、原発に関する本がずらりと並べてある。原発問題には両方の立場があるが、考える場と材料を揃えてみせることで、住民に選択肢としての情報を提供し続けている。実は同じことを書店に求めたいが、書店は本を売らなくてはいけない。売れなくなった本をいつまでも置いておくことはできない。だが、図書館にはそれができる。これが図書館と書店の大きな違いだ。
 私は以前、図書館はどこに行っても全部似たようなものだと思っていた。置いてある本の冊数は規模によって異なるが、共通の分類によって分けられた棚にはどこでも同じ本が入っていると偏見をもっていた。しかし、「住民生活
に光をそそぐ交付金」の補正予算が決まった際、初めて全国の公共図書館を400館回ってみた。それを機に図書館の見方がガラっと変わった。
 本の並べ方を工夫していたり、気持ちよく挨拶する図書館員がいたり、レファレンスにいつも人がいたり、と色々な図書館があると気付き始めた。そのなかで、すごい司書の方がいた。富山市立中央図書館の年配の司書の方の前に行列ができていて、利用者の質問に対して、いとも軽やかに次々と答えていく。その淀みない応対に驚いた。

○図書館→“顧客”へ 循環を初めて実感

 図書館で大切なことは、本を揃えること。そして、それ以上にレファレンスが大事だと思う。ただ本が置いてあるだけでなく、質問に答えてくれる人がいることが重要。そう考えると、実は読者、市民の方々によって、図書館は育てられていると言える。おそらく富山の図書館のスーパー司書は長年、色々な人の相談を受けて、経験を重ねてそれだけの知識を得たのだろう。みなさんも自分で何でも調べずにどんどん司書に聞いたほうがいい。それが、結局は良い図書館をつくることにつながる。
 最近は市民参加型の図書館が全国に増えている。そこにはワクワクさせる仕掛けがある。こうした図書館が増えることで図書館自体が活性化し、行政からの図書予算が増えることにつながるのではないだろうか。そういう流れを加速させるには、市民の方がもっと図書館を活用したいと強い声を上げ続けることが必要だ。
 最後にひとつ、大切な話をしたい。原書房では送っていただいた読者カードは、すべてデータ化している。そのなかから関東近郊に在住している読者に、昨年から東京国際ブックフェアへの招待状を送り始めた。すると、昨年の東京国際ブックフェアでその読者の一人である老婦人が、ブースにいた私に声をかけてくれた。「原書房の本は高いので買えない。でも面白いから図書館で借りて読んでいる。しかし、読むのが遅いので、借りては返し、借りては返しを繰り返していた。それではみなさんに迷惑をかけるので、その本を買った」とおっしゃってくれた。
 このとき、全国の図書館に本を置いてもらって、図書館の読者から当社の顧客になってもらうという循環を初めて実感した。図書館が買ってくれた1冊の本の後ろにたくさんの読者がいるかもしれないと思うと、1冊1冊の本を図書館に置いてもらうことの意味を強く感じるようになった。そのことをこの老婦人に気づかせていただいた。







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