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評者◆たかとう匡子
今こそ戦争直後の現実を捉え直すとき――椎名麟三生誕一〇〇周年、没後四〇周年、椎名麟三を語る会創立二〇周年の記念号(『椎名麟三――自由の彼方で』)、長沢とし子「へのかっぱ」(『サボテン通り』)
No.3170 ・ 2014年08月09日




■『椎名麟三――自由の彼方で』第14号(椎名麟三を語る会)は椎名麟三生誕一〇〇周年、没後四〇周年、椎名麟三を語る会創立二〇周年の記念号。私は神戸にいて姫路とは近隣だが、創刊から二〇年を超すというのにこういう雑誌が出ているのを知る機会がなかった。なぜだろうかと思った。椎名麟三は第一次戦後派の代表的な作家であり、これからもたくさんの人に読まれていい作家だ。だが、その一方で、第一次戦後派の文学そのものが文庫版などでも読めなくなっている現実がある。しかし今私たちは集団的自衛権の閣議決定などふまえて、戦後七〇年を経た今こそ、戦争直後の現実をきちんと捉え直さなければならない時代に来ている。文学の力が今こそ必要になっていると言いうる。その代表的作家のひとりが椎名麟三だ。その分、読み込みにもグローバルな視点がいるだろう。出身地姫路にこだわらないスケールの大きな文学的なまなざしでこれからも捉え直していってほしいと思った。
 『現代短歌』第7号(現代短歌社)は雑誌名に「現代」がついているが、ここには伝統短歌との差別化の意識もこめられているといってよい。ところが今号では「結社の力」を特集している。「結社」という言葉を「現代短歌」がなぜ使うのか、私など詩では慣れないだけにびっくりした。かつて大正期の釋迢空の『短歌滅亡論』なども単に短歌の滅亡を書いたのではなく、当時の結社側から批評がないと現実を嘆いて私も詩や小説に照り返すような刺激を受けたことがある。ところが今回のこの誌は「結社推薦歌人特集」も組んであり、「あとがき」は結社肯定論。「塔」や「未来」を例に、大辻隆弘「結社を存続させるために」など、結社を否定するための特集ではないところを、不思議な気持ちで読んだ。
 『サボテン通り』第14号(サボテン通りの会)の長沢とし子「へのかっぱ」は高齢社会で長生きするようになって、余生が長くなった八〇年社会を背景にした小説。高齢社会にならないとみえないところがテーマになっていると言いうる。そこが面白いと思った。主人公の女性は五二歳で離婚した。子宮ガンの手術で心身ともに疲れ切って退院してきたのに、部屋中に衣類や食べ物のゴミが散乱。病院にも迎えにきてくれず、家に帰ると「おぉ、今晩からあったけぇ飯が食えるな」と言い、つけっぱなしの競馬中継に興奮する夫の叫ぶ声を聞いて、翌日さっさと荷物をまとめ、自分の判子だけ捺した離婚届を置いて家をでた。ところが、離婚に踏み切ったあと、病気をして、仕事にも行けず、蓄えもなくなり、なんとかしないといけないと、セクハラの真似みたいなことをするところまで追い詰められたり、さまざまな困難に直面する。そこがこの小説を書かせた。夫に仕えたままの生涯がよかったか、離婚を選択して今までの生活を壊してみたけれど何ともならない。やけっぱちで頑張っているがこれでいいか。これは長寿社会をどう生きるかというひとつの問題提起として読みごたえがあった。
 『鳥語』第68号(鳥語社)の岩田孝子「月橘」は見習将校で軍医の早川正彦が主人公。その早川正彦については「正彦は長男、その下は、二郎、三郎、四郎、五郎とつづく。いわゆる次第名である。甘粕正彦のことだ」とある。伝記風の小説で、生き生きと書かれており、力作だと思った。しかし甘粕という、関東大震災のどさくさにまぎれて大杉栄と伊藤野枝、大杉栄の甥の橘宗一を殺害した事件の首謀者を扱いながら、冤罪のように書かれており、今の私にはこれ以上作品の内面に立ち入ることはできない。興味深い小説であったので、紹介だけはしておきたい。
 『白鴉』第28号(白鴉文学の会)の尾本善冶「三十歳」は最初の仕事に失敗したあとの、今の社会秩序から疎外されたいわゆるアウトローの物語。川蟹を殺す仕事、コスモス園という介護施設での仕事、そのひとつひとつの挿話は細部がしっかり書き込まれていて、二一世紀一〇年代の派遣社員の実態をも反映している。作者の体験も入っているかと思うが、社会的問題としても私自身いろいろと教えられた。そういう意味ではなかなかの問題作だと思う。
 『飛火』第46号(飛火の会)の梅宮創造「虫のささやき」は、高齢化社会の今はすべてがまだ過度期の時代だから、こういう問題などはいろいろ書き込んでおくのもよいと思った。旅日記型、チルチルミチル型で、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、牛乳配達を軸に、そこで起きる現象をつないでいく。やや愚痴っぽいが、骨格がしっかりしているし会話も生かされていて読まされた。
 『ア・テンポ』第45号は神戸の詩誌。小さな詩人論がふたつ載っていて、その「読書ノート」は小ぢんまりしているが、よく自分にひきつけていて、その切実さに魅かれた。山口洋子「谷川俊太郎の〈鳥羽 3〉」、丸田礼子「凛とした生き方に魅せられて――茨木のり子」はともに読みごたえがあった。山口洋子は詩的経験を、丸田礼子は青春期に教師という職業を選んだ人だが、教師に馴染まなかった初期を対象の詩人の世界にだぶらせる。評論のばあいおのれを語るのは難しい。今、なぜ書くか。遠い過去に戻ろうとも、今なぜ書くかという自分への問いがなければ切実感にならない。それぞれに今と向き合っているのがよい。
(詩人)







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