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評者◆鈴木慎二(BOOKS隆文堂)
豊崎光一の先進性
沈黙の向こう側――豊崎光一追悼集
豊崎令子監修
No.3170 ・ 2014年08月09日




■豊崎光一の名前を知ったのは、蓮實重彦の自筆年譜からだった。『表層批評宣言』(ちくま文庫)か、『映画狂人シネマ事典』(河出書房新社)で読む事が可能だが、時期的な事を考えればおそらく『表層批評宣言』。だが当時の私の知識は拙いものだったから、菅野昭正、清水徹、川田順造といった方々の名前にかろうじて反応できたくらいで、その時はそれで終わった。
 関心を持つようになったきっかけは二つあった。一つは大学卒業後、アルバイトをしながら生活していた時に、古本屋さんの共同目録のあるお店のページの中で、豊崎光一の著作が、清水徹、宮川淳の著作と並列して記載されていたのを見た事。当時そのお店で働かれていたAさん(仮称)が清水徹の愛読者だったから、「あの目録の箇所、Aさんが担当されたんですか」と思いきってお尋ねしてみると、やはりその箇所はAさんが選書されたものだった。大学卒業時に豊崎光一がル・クレジオの主要著作の翻訳者なんだぐらいの知識しか持っていなかった私は、学年は一つ上だけど同年齢のAさんから、清水徹、宮川淳、豊崎光一の三者のつながりを目録のページで提示してみせた、Aさんの教養に驚いた事を今でも思い出す。
 二つめは、二〇〇七年。この年はブランショ生誕一〇〇年だったため、『思想』や『現代詩手帖』がブランショの特集を組んでいたし、白水社から刊行されていた『最後の人/期待 忘却』(豊崎の翻訳)をバタイユの著作と棚に並べた事は覚えている。同年に豊崎と交流のあった阿部良雄も亡くなり、没後に水声社から出た『水声通信18  阿部良雄の仕事』の渡邊守章の文章を読んでから、豊崎光一、阿部良雄の著作を探書するようになった。が、二者とも翻訳は新刊でも入手できたけれど、日本語で書いた本は殆ど品切で、古本屋さんで探すしかなかった。見つけて購入したものでも、ブランショや、阿部良雄について書かれた箇所をつまみ読みして終わらせた気がする。
 だから没後四半世紀たってこの本が刊行された事にとても驚いた。豊崎光一の著作が再刊されない事情がある事は、熱心に探書をしていた際に知っていたから。この本の読了後、未入手だった『ファミリー・ロマンス』(小沢書店)もようやく入手し、主要な日本語の著作『砂の顔』『余白とその余白または幹のない接木』(小沢書店)、『クロニック』『文手箱』(初版・書肆風の薔薇)、『他者と[しての]忘却』(筑摩書房)を触発されて読み直した。
 改めて感じたのは先進性。特に『クロニック』と『ファミリー・ロマンス』から。『クロニック』で取りあげた、コンパニョンの最初の邦訳が出たのは、豊崎の没後十年経ってである(紹介の初出は一九八四年)。『ファミリー・ロマンス』中の『アナグラムと散種』(一九七六年に講演したものを二年後に活字にしたもの)だが、今読んでもとても新鮮である。
 この文中で知ったのだが、昨年翻訳が刊行されたデリダの『散種』(法政大学出版局)、「ディセミナシオン」に「散種」という訳語を充てたのが他ならぬ豊崎光一だった事にも。「エクストラテリトリアル」に「脱領域」という訳語を充てた由良君美に匹敵するくらいの訳語ではないだろうか。
 読まれてきて怒っている方もいるかもしれない。『豊崎光一追悼集』の紹介ではないのかと。が、追悼集は死者を悼むだけでなく忘れないようにする為の本でもある。蓮實重〓が、豊崎光一が亡くなった時に寄せた文章と、今回書きおろした文章を読むだけで豊崎の著作に触れたいと望む筈。そして、編集を担当されたお一人が書かれているような『豊崎光一著作集』は困難だろうが、選集くらいは刊行できるような状況に好転して頂きたいと、書店の人文書棚の担当としては願っている。







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