書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆前田和男
若きLGBT人権活動家・尾辻かな子の巻⑦
No.3169 ・ 2014年08月02日




■“自分自身へのカミングアウト”――好きになった相手に愛を告白することで、自身が同性愛者であることを自分に告白する――それは尾辻かな子にとって人生の一大転機であったが、それでその後の道がさくさくと切り拓かれたわけではなかった。
 むしろ失恋直後は孤立にたじろいだ。つまり、この先、自分はまた「男性が好きな女性」を好きになってふられつづけるのではないか。大学やバイト先で周りを見回したところ、自分の想いに応えてくれるような女性の同性愛者がいるとは思えなかった。このままではやりきれない。どこかに仲間がいないか。尾辻は必至になってまだ見ぬ仲間、そして恋人を探し始めた。その時役に立ったのが当時ちょうど一般に普及しはじめたインターネットだった。
 まだ今のように誰もが自宅にパソコンをもてる時代ではなかったが、同志社大学ではキャンパス内に“情報処理のオープンルーム”を開設して、学生は自由に使うことができた。尾辻はさっそくそこを利用することにした。ただ他人の目が気になった。なるべく人目につかないように部屋の片隅の端末に陣取り、さらに用心の上に用心を重ねるにこしたことはないと、とりあえず当たり障りのない画面をダミーで開いておいて、お目当てのサイトを検索した。すると、すぐに同性愛者関連のホームページやサイトに幾つもアクセスすることができた。本以外でこんなに簡単に情報が得られるとは、何と便利なものが世の中にあるのかと驚嘆した。
 と同時に、この世の中には自分以外にも同じ想いの人がほんとうにいたんだ、自分は一人ではない、とほっと安堵した。
 いっぽうでまだ半信半疑だった。リアルな姿をこの目で確かめてみるしかない。そう思ってサイトの中からこれはと白羽の矢を立てたのが大阪は梅田の高架下にあったクラブ「ダウン(DAWN)」だった。そのホームページによると、普段は音楽や踊りが好きな男女のためのクラブイベントだが、第二日曜にはレディースオンリーのイベントを行なっていた。ここに行ってみようと思ったものの、いざとなると一人で行くのが恐くてためらわれた。だからといって仲の良い友達を誘って一緒に行ってもらうわけにもいかない。そんなことをしたら自分が同性愛者であるかもしれないことがばれて友達を失ってしまうおそれがある。そのほうがもっと恐い。LGBTの間では、仲間がつどう場(クラブ、バー、サークル)に初お目見えすることを「業界デビュー」というようだが、尾辻の場合は、ノートに場所をメモするのも怖いので頭の中に刻みこんでおき、意を決して「デビュー」を果たすまでになんと半年もかかった。
 おそるおそる初めてのLオンリーのイベントに「業界デビュー」してみて、まずおどろいたのは、自分と同じようにショートカットにジーンズやパンツのボーイッシュ風がたくさんいたこと、そしてそのパートナーとおぼしき相手はだいたい髪の毛の長いフェミニン風だったことだ。
 しかし初回は“初めて尽くし”に戸惑いばかりで、“成果”を上げられずに帰った。
 2回目は、いきなり恋人は無理でもまずは友達をつくろうと思って出かけ、尾辻同様の“お一人さま”に声をかけて“成果”を上げた。そこでできた友人たちと一緒にゲイクラブにも遊びに行くようになり、ゲイの友人たちもできた。ゲイたちが主催するLもウェルカムな「ミックス」にもまぜてもらった。飲んで踊って話をするだけだったが、「恋人探し」がメインでないため、とても居心地がよかった。そんな“クラブ活動”を楽しみにバイト漬けの毎日をこなし、なんとか週末は時間をつくって通い詰めた。同志社に入って2年目の夏から冬にかけてのことだった。
 だがただひとつ“誤算”があった。「業界デビュー」を果たしたらすぐに「彼女」ができるものと思い込んでいたが、なかなかできない。尾辻の著書『カミングアウト』(講談社、2005)によると、クラブイベントで知り合った友達に悩みを打ち明けて、こんなやりとりをしたという。
 友達「なぁなぁ、おっつん(尾辻の愛称)、彼女できた?」
 尾辻「まだ」
 友達「おっつんはなぁ、ちょっと中途半端やねん。ボーイッシュやけど、そこまでボーイッシュでもないし、かといってフェミニンでもないし。もっとどっちかにしたほうがいいって」
 尾辻「そうかなぁ。でも、なかなか出会いってないよなぁ。いいなぁと思う子にはもう彼女がいるし……」
 友達「そういえば、○○のこと、いいっていってなかった? △△ちゃんも狙ってるで」
 尾辻「マジで。でもデートに誘う勇気ないよぉ。いい子おったら紹介してー」
 私の心に響いたのは、尾辻がその後でもらしている次の“所感”だった。
 「友だちと会っては、こんな話を延々としていたのだが、これはこれで楽しかった。きっと多くの人は中学・高校のときにするような会話なんだろうな、と思う。大学生になってやっと、気軽に(ただし“仲間うち”だけではあるが)思春期の会話ができるようになったのだった」
 当初の私の正直な印象は、「まあ、なんと他愛もないというか、ほほえましいというか。ヘテロ(異性愛者)ならとっくに中学や高校時代に経験している色恋の通過儀礼ではないか」という意外感だった。しかし、意外感の裏にあるものを反芻していささか恥じた。すなわち、ヘテロ(異性愛者)には同性愛者というと“恋多き発展家”という先入観があって、それで「意外感」を覚えたのではないかと。だが現実は、“発展家”どころか他愛もない恋愛すら自ら封じなければならないのだ。彼ら彼女らがそんな辛い青春を強いられていることへ想像力が働かない社会は、ヘテロにとっても風通しが悪いと気づくべきなのだ。人間にとってもっとも瑞々しい青春時代を謳歌できないことを耐え忍ばなければならなかった性的マイノリティたち。それを私は思い知って、彼ら彼女らが抱える差別の深さと痛々しさを垣間見る気がした。
(文中敬称略)
(つづく)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約