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評者◆鈴木毅(進駸堂書店中久喜本店)
「立ち位置」を巡る女の子たちの戦史
ギャルと不思議ちゃん論――女の子たちの三十年戦争
松谷創一郎
No.3169 ・ 2014年08月02日




■古来より人々は未知なるものに対し畏怖の念を抱いてきた。現在、オッサンにとってその対象は〝女の子〟である。
 本書は八〇年代から現在まで、三〇年にわたる、女の子の文化的サバイバルをまとめたものである。
 十代の女の子は八〇年代に入るまで〝少女〟と呼ばれていた。身体的には大人である〝少女〟は社会的にはまた子どもであるとされ、抑圧された存在であった。しかし八〇年代に入り女性の価値観も変化し、十代の〝少女〟はおニャン子クラブの女子高生ブームを経て九〇年代に〝コギャル〟という主役に躍り出たのである。
 コギャルのピークとなる九〇年代後半、僕は駅ビル内の店舗で働いていた。ビル内のテナントは怒濤の改装ラッシュで気付けばギャルファッションの専門店ばかりとなっていた。どれ程ギャル系の専門店があったかというと「できれば近寄りたくない」と出版社のオッサンが恐れ戦くほどのギャルの城と化していたのであった。
 そんな流れの中、雑誌コーナーの女性誌も多様化していった。『CanCam』や『JJ』など王道の赤文字系雑誌の平積みの標高を軽々と越えて存在感を放つ『egg』『東京ストリートニュース』『Cawaii!』などのギャル系雑誌の隆盛である。女性誌の盛り上がりは売り上げからみても最高潮であった。
 しかし赤文字系とギャル系という強烈な輝きを放つ雑誌の一方、心安らぐ女性誌があった。『CUTiE』『Zipper』『Spring』など対赤文字、対ギャルへの差異として地位を固めた青文字系雑誌と呼ばれる雑誌群である。当時僕はこれらの雑誌をフツーの女の子雑誌と認識していた。
 しかし今になってこの認識がまったくの間違いだったと本書から知ることになるのである。
 この青文字系雑誌の読者こそ、実は一番フツーではなかった。いや、正確にはフツーという言葉を一番使ってはいけなかったのである。当時女の子の社会的、メディア的メインストリームはコギャルであった。彼女たちは自らの女性的価値に気付き、最大限その価値を意識的に利用して時代を謳歌したのである。そしてそのメジャー感であるコギャルカルチャーへのカウンター、最大の対抗勢力が青文字系雑誌の読者であったのだ。それが本書の言う〝不思議ちゃん〟である。
 男性としてギャル、コギャルについては異世界の幻想動物だと思えば傍観していられるが、不思議ちゃんについてはサブカルが絡み、「ひととはちょっと違う」なんて言葉を出されてしまえば、それは性別を超えて動悸が抑えられず、思わず本書で自分を殴りたくなってしまうほどである。
 本文には頻繁に〝差異〟という言葉が登場する。サブタイトルである「女の子たちの三十年戦争」の戦争とは、実はこの差異戦争に他ならない。
 「八〇年代は一億総中流意識の時代だった。経済格差がほとんど意識されず、そもそもエスニシティについての感覚も希薄だった日本において、嗜好する文化(趣味)によって、若者たちは自分と他人との関係を強く意識するようになる。国民が横並びの一億総中流社会では、経済的格差のような〝タテの差異〟ではなく、嗜好する文化の違いを指標とする〝ヨコの差異〟が前景化していった」
 コギャルに対して、明確に〝差異〟を打ち出したのが〝不思議ちゃん〟である。非メジャーな音楽を愛で、「ひととはちょっと違う」ファッションで、「個性的だね」と言われると「そうかな? よく言われるんだよね」と答えてしまう。そして自意識のあまり、コギャルだけでなく、不思議ちゃん同士や、同じ嗜好を持つ人間であっても違いを打ち出すことに必至になるあまり〝差異〟が目的化してしまう。哀しきサブカル人間の宿痾である。
 〝ヨコの差異〟が前景化したちょうどその時代に思春期で、自意識が服を着ないで恥部をさらけ出していたサブカルクソ野郎の僕にとって、本書の不思議ちゃん考は対象の性別こそ違えど悶絶必至の罪深さである。
 本書は、マンガ、雑誌、音楽、そして当事者へのリサーチにより綴られた三〇年にわたる〝立ち位置〟を巡る女の子たちの戦史である。そして先人たちが未知なるものへの恐怖に「妖怪」というキャラを当てはめ実体化させて安心したように、男性にとって恐怖の対象であった未知なる〝女の子〟の中にギャルと不思議ちゃんというキャラを明示し、世の男性に心休まる日々を与えたもうた書である。
 また女の子のファッションカルチャーとして女性誌に注目し、多くのページを費やしている。女性誌三〇年の変遷が非常に参考になるのでご同業の方には是非とも一読をオススメしたい。







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