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評者◆森泰美(函館蔦屋書店)
明るく悲しきソープオペラ
熱帯雨林の彼方へ
カレン・テイ・ヤマシタ著、風間賢二訳
No.3167 ・ 2014年07月19日




■ガブリエル・ガルシア=マルケスが今年とうとう亡くなった。ラテン・アメリカ文学といえばまっさきに挙げられるいくつかに、彼の名前と彼の書いた途方もない名作『百年の孤独』がある。マコンドという村に住むとある一族の幽玄の物語。作品名を冠した高級焼酎まである。数年前、老いのためもう新作は望めないかもしれないというニュースは耳にしていたものの、これで正真正銘「次」はないのだと思うと、なんとも言えないさびしさと脱力感に襲われた。
 近年はマジック・リアリズム小説ということで言えば質量ともに豊かで、この冬はミラン・クンデラの作品が集英社文庫で連続刊行されていたし、『トマス・ピンチョン全小説』が完結間近になって、アメリカでさらに新作が出るというニュースがあったり、この春には星野智幸の待望の新刊が出たりもしている。
 『熱帯雨林の彼方へ』は以前に白水社が出していた【ライターズX】というシリーズに収められていたのだが、今回、書評家の瀧井朝世さんの熱意をきっかけに新潮社から復刊された。マジック・リアリズムの大名作だ。多種多様なブラジル人が親しみ、彼らをとりこにしているソープオペラ“ノヴェラ”小説であり、著者によればレヴィ=ストロースが『悲しき熱帯』のなかで、「物語の要素とは感動的な無垢の牧歌と渺茫たる郷愁、そして忌まわしくも無情な運命である」と記したのは本質的であるとしたように、メタ的要素をたっぷり含んでいる。
 主人公は、佐渡島の浜辺で遊んでいた日本人の少年「カズマサ」が、ある事故に遭ったあと顔のそばに浮かぶようになった謎の球体。カズマサとその球体は意志の疎通こそできないものの、感情の揺れや危険に対する感覚で共振状態にあり、それは国鉄に就職して線路の老朽箇所を発見する能力として開花する。技術が進み、彼の代わりになる機械が量産されるようになると閑職に追いやられてしまう。彼は本能に突き動かされてブラジルに移住した従兄弟のもとへ旅立つ。向かいのマンションに住む美しい夫婦は鳩を飼い、妻は恐るべき熱意で鳩ビジネスを拡大させていく。
 アマゾンの奥地に発見された謎の物質帯「マカタン」、その傍に住む子だくさんの老人は「羽学」の祖となり、海辺で漁師をしていた少年は、身体が不自由だった幼馴染みが歩けるようになったことを神に感謝するためにマカタンまで徒歩巡礼の旅に出る。
 三本の腕を持つ男は持て余していた能力をアメリカの大企業で開花させ、向かった第三世界ブラジルで出会った三つの乳房を持つフランス人の鳥類学者と恋に落ち、三つ子を授かる。
 どたばたとしたフリークス小説であることにとどまらず、名もなき登場人物たちの愚かで愛すべきことはこのうえない。あらゆるひとたちがここにいる。同時に現代社会への皮肉な風刺の縮図でもあり、それが昔々の記憶であるとして語られる物語だ。
 読んでいて頭のなかを勢いよく攪拌されるのが快感ですらある。熱帯夜に読みたい本というものがあるとしたら、それはたとえばこんな小説ではないだろうか。








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