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評者◆前田和男
若きLGBT人権活動家・尾辻かな子の巻④
No.3166 ・ 2014年07月12日




■思えばつらくて暗い中学時代だったが、高校に入るとにわかに救われる。
 入学したのは夢野台高校。前身は戦前の神戸第二高等女学校。神戸市第三学区では兵庫高校につぐ県立の進学伝統校だった。
 さすが高校に入学したときには、「憧れの甲子園に女子は出られない」現実を悟っていた。だったらせめて全国レベルの競技でインターハイに出たい。夢野台高校で一番可能性のあるのは、連続してインターハイに出場するなど好成績を残している空手道部だった。そこで中学でレギュラーだったソフトボールはすっぱりとやめて空手道部に入部した。まったく未経験だったが、テニスや新体操に比べれば悪いイメージはない。しかし、母親はなぜ女の子が空手なのかと訝った。訝ったが、いまだその選択の背後にある本当の理由を知るよしもなかった。もちろん選択をした当の尾辻本人も。
 空手道部では最初から強かったわけではない。運動神経はよい方だったが身体は小さかった。小学校4年生頃から同級生たちは背がどんどん伸びるのに、彼女だけは伸び遅れ、小学校6年生では朝礼の列の先頭になってしまった。中学に入る時は140センチもなかった。中学3年間で15センチ、高校で5センチ伸びてなんとか追いついた。
 おまけに空手もふくめて個人で闘う格闘技は未経験。お世辞にも「有望株」とは言えなかった。
 「本番に強いタイプなんですよ」と本人は言うが、人生最初のサプライズが突然訪れる。
 入部した翌年1月の近畿大会。出場メンバーに登録されたが、「補欠」扱いで準決勝まで出場機会はなかった。しかし、ここが一番の山場というところで、監督はなにを思ったか、尾辻を大将として出場させたのだ。最後を決する大将戦までの戦績は1勝2敗1分け。6ポイント制なので3ポイントの差をつけて勝たなければならない。こちらは150センチそこそこの小兵で補欠の1年生。相手の大将は2年生のチーム一の実力者。誰もがこれで終わった、全国大会出場は無理だと諦めた。ところが3ポイントの差をつけて勝ってしまったのである。
 16年間の人生でいきなりの大逆転。これで尾辻かな子は一躍、“奇跡の人”となった。
 同じような大逆転劇をもう一度体験している。3年生になった春の選抜大会の個人戦の時だ。チームで一番強い選手が一回戦で敗れたのに、彼女はあれよあれよと勝ち進み「高校日本代表」になったのである。さらに日本代表として、3年生の9月にマレーシアのアジア・ジュニア空手道大会に出場、「組手の17歳部門」でナンバーワンの栄冠を手にした。ダークホースがここ一番で勝ちをさらう。まさに「本番に強いタイプ」なのかもしれない。
 「日本一」「アジア一」も大きなご褒美だったが、3年間の高校生活で一番嬉しかったのは、「尾辻は中性」と揶揄されていい思い出がない中学から高校に入って、空手と出合い、ボーイッシュであることを「個性」として受け入れてもらえたことだった。
 しかし、今から考えると、当時の彼女にとって空手とは、本人が内奥で抱える根本問題、すなわち「女子が好きになるものを好きになれない自分とはいったい何者なのか」の自問を逸らすための「一時避難」にも見える。尾辻は3年生の12月に行われる全日本選手権への出場を打診されたが、大学入試の勉強を理由に断って引退する。本当に空手が大好きならば、これだけの戦績を挙げながら「引退」するだろうか。引き続き大学でも空手をやろうと思うのではないか。しかし本人は「燃え尽きたから」と空手以外の道で大学を目指すのである。
 空手に「一時避難した」と思われる理由がもう一つある。
 実は年子の兄も前年に同じ夢野台高校に入学していたが、持病の喘息とアトピーもあり、出席日数が足らず留年して妹と同じ学年になり、結局学校へ行きづらくなって中退してしまった。勉強ははるかに兄の方ができた。何か兄に申し訳ない負い目を感じた。それを紛らわせてくれる何か夢中なるものが必要で、それが空手だったのかもしれない(なお、兄は後に大検を受けて琉球大医学部に進学、医者になってからも、選挙をはじめ妹の活動を支援してくれている)。
 ところで、こうも言えないだろうか。彼女は空手選手として飛びぬけていたわけではない。たしかに運動神経はよかったし人一倍努力もしたが、そもそも空手をやる女子は少なく競争相手が限られるため、体が小さくても努力次第でトップになれた。皮肉なことに「女は女らしく」「男は男らしく」というジェンダーカリキュラムのおかげで、「女らしくない」という「不利益」と引きかえによって、「空手アジアナンバーワン」という「利益」を得たのかもしれないと。
 小学校はサッカーに野球、中学はソフトボール、そして高校では空手と、男まさりのスポーツ少女だった尾辻かな子だが、“文科系”の一面ももっていた。
 小学校時代は、父親が持って帰る『朝日ジャーナル』を分からないなりに摘み読みをし、社会や政治にも興味をもった。また、自宅には集英社の『漫画 日本の歴史』が全巻そろっていて、繰り返し読んでいつ間にか細部まで覚えてしまったので、小中高校と歴史は一貫して得意科目だった。
 小学校時代で印象に残っているのは、大韓航空機爆破事件にベルリンの壁の崩壊。ちょうど東の体制が壊れかける最後にあたっていて、小学生なりにいったい日本は、世界はどうなるのだろうと不安を覚えた。
 中学校時代で記憶に残っているのは、リクルート事件、佐川急便事件、そして土井たか子の社会党が大勝したことだ。また、朝日新聞を購読していたこともあって、中学校の授業で「この世にいらないものは何か」と問われて、「天皇制」と答えるような“赤い赤い朝日の子”だった。
 後の政治を志す下地が醸成されていたのかもしれない。
(文中敬称略)
(つづく)







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