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評者◆鈴木 毅(進駸堂書店中久喜本店)
ヤンキーの兄ちゃんは『チャンプロード』を買う
世界が土曜の夜の夢なら――ヤンキーと精神分析
斎藤環
No.3165 ・ 2014年07月05日




■「はい! 下館から来ました!」と爽やかな笑顔で言ったのは三人のヤンキー少年たちだった。
 ある日、店の外に出るとリーゼントや、茶髪でマスク、かぶっているというよりも首から下げているヘルメット。そんないかにもなヤンキー少年たちがバイクに跨がって談笑していた。一人の少年が跨がっていたバイクが昔自分が乗ってたバイクと同じだったために、「良いバイク乗ってるね」と声をかけたら返ってきたのが冒頭の言葉である。
 これが北関東の日常である。
 さて、本書は精神分析的観点からヤンキーなるものを解体しその深層を解説したものである。本書を読んでいるとあまりに腑に落ちることが多過ぎてお腹が痛くなったほどである。昔、当店でバイトをしていたK君はいたって真面目で、何事にも一生懸命な青年であった。そんな彼が車を買うと言った。どんな車を買うのかと聞いたら、セルシオが欲しいという。セルシオを買って、「フアァァン」というカッチョいい音のクラクションに換えるのだという。理由を聞いたら友人が別れ際に「フアァァン」と挨拶代わりに鳴らすクラクションがカッチョ良かったからだという。
 念のためもう一度書くが、彼はいたって真面目な青年である。
 つまりこれが本書の言うヤンキー文化における「美学」である。
 また、ヤンキー憧れの人物について本書は、青柳恵介『風の男 白洲次郎』(新潮文庫)の白洲次郎の写真を見て「射抜かれたというか、ロックオンされて」しまった木村拓哉の白洲次郎評を引用している。
 「GHQ? その機関の人にですね、『君、凄く英語が上手だね。』って白洲さんが言われたら、『あーありがとうございます。でも貴方も勉強すれば、もっと上手くなりますよー』という、なんかこう……おいおいっていうか、ちょっと(笑)今で言ったら『おいおい』っていうね。凄いユーモアの溢れる返しをしていたりとかね」
 そんなキムタクの完璧ともいえる要約で注目は「どんな素晴らしい業績を残したか」には触れず、「どんなカッコ良い人物であったか」という点にだけ触れていることである。
 好青年であるK君は時計をしないのがポリシーである。なぜかと聞いたら「時間へのささやかな抵抗」と言う。辻仁成である。このような「カッコ良い人物」、いうなればその「生き様」に憧れるキムタクとK君は同じであるなぁと本書を読んで思ったものである。
 また、ヤンキー文化が母性と家族主義を源としていることも面白い。ヤンキーが好む「仲間」「愛」「家族」など母性的な包容を感じさせる言葉、そして「生き様」など己の道を突き進む行動主義は母性的な寛容性への要求が暗にあるのではないかとも思わせる。そこには抑圧の象徴である父性は存在しない。
 ここまで書いて、そういうお前も北関東に住んでいてヤンキーじゃないのかというご指摘もあるかと思うが、僕はヤンキーではない。学生時代、周囲が少年マガジンを読んでいる中、ただ一人少年サンデーを読んでいたからだ。たまに少年チャンピオンで「クローズ」を読んでいたが、ヤンキーではない。
 本書は日本人の多数が潜在的に持つヤンキー性を解体し、読者のヤンキー性を表出させてくれる意味でとても有意義な本である。ここ最近、ヤンキーを経済と結びつけ、階層化する動きも見受けられるが、まずは本書を手に取ってヤンキー=文化という点を理解していただきたい。そうすれば昨今の、地方=ヤンキー=下層という安易なステレオタイプな視点に違和感を感じることになるだろう。そうすれば北関東の人間も少しは安心できるというものである。
 さて、冒頭、ヤンキー少年たちが自信満々に発した「はい! 下館から来ました!」という言葉に実は自負心が含まれている。下館市(現在は茨城県筑西市)は車で三十分ほどの距離である。しかし、彼らにとってここは学区外であり、しかも他県である。それも茨城県から栃木県である(これについては単なる県を越えるという行為以上に、茨城県から栃木県へという、地元でないと解らない覚悟と冒険的ニュアンスが含まれる)。つまり彼らのあの言葉は距離ではなく自分たちのテリトリーから離れたことへの自負であり、誇りだったのである。
 そんな命がけの大冒険の末やってきた少年たちが買いにきた『チャンプロード』であるが、当店では取り扱いがないのであった。
 これが北関東の日常である。







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