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評者◆前田和男
若きLGBT人権活動家--尾辻かな子の巻③
No.3165 ・ 2014年07月05日




 さて、これから、その若き先駆者の一人、尾辻かな子を手掛りに、日本のLGBT(性的マイノリティ)人権運動という新しい“政治伏流”の源流を訪ね、誕生の経緯と可能性を探ろうと思う。その前にお断りしておく。“政治伏流”を語るとき、登場人物たちの個人的な生活にかかわる事象は必要最小限の補足にとどめ、それも“政治”に目覚めてからに限定するのが書き手の作法だが、「尾辻かな子の巻」だけは例外とし、彼女の生い立ちと個人的な暮らしぶりも記す(もちろん本人と家族の了承を得て)。それは、一つには、彼女が自らをLGBTのL(レズビアン)であると自覚し、やがて「政治」に深く関わることになる重要な「発酵酵素」だからである。もう一つは、LGBTはもともと「特殊な人生」を送るべく運命づけられた「特殊な生い立ちと特殊な資質をもった人々」という偏見を払拭しておきたいからだ。これから語るのは、思春期を精一杯走りぬいてきた「悩める女の子」の成長物語である。たった一つ「普通の女子」と違いがあるとすれば、「男性でなく女性が好き」という「個性」をたった一つもっているだけで言われなき差別と排除に苦しんできたことである。それでは筆を先に進めよう。

 尾辻かな子は1974年12月16日、奈良県は橿原市で生まれた。
 大阪府に誕生した黒田了革新府政が3年目を迎えた年だった。
 父親は大手広告代理店の広告営業、母親は元公立小学校教師。1歳までは奈良県北葛城郡上牧町の公団住まいだったが、年子の兄が小児性喘息とアトピーのため、空気の良いところを求めて大阪府南端の阪南市の一戸建てへ転地する。小さい頃から運動が大好きだった。小学4年のときロスアンゼルス・オリンピックがあり、いつか自分も出てみたいと思った。
 小学校6年生、11歳のときに神戸市北区へ移る。母親が神戸の私立高校に教師の職を得たことが主たる理由だった。
 政令指定都市で国際港湾都市の神戸と和歌山県境の阪南市とでは大きな“環境落差”があった。保守色の強い土地柄の阪南市の小学校では、給食は小学校4年生の時に初めて導入され制服もあった。いっぽうの神戸は給食は自校方式で温かくおいしい。制服も上履きもなし。そしてブルマをはかなくてもよかったので体操の授業がいっそう楽しくなった。子供心にも神戸の自由でリベラルな雰囲気が性にあった。
 嬉しいことに嫌いなスカートをはかなくてもいいので小学校最終学年の1年間はズボンで通学、午後はランドセルを放り投げ勉強そっちのけでサッカーと卓球に興じた。胸が高鳴ったのは少女野球チームがあったことだ。これで「女の子のくせに野球なんか」と言われずに正々堂々と好きな野球がやれる。さっそく入団するとピッチャーで3番に抜擢された。
 阪南時代から大の阪神ファンで、小学校5年生の時に「バース・掛布・岡田」のクリーンナップで優勝してからますます好きになった。夜な夜なテレビでナイター観戦しては有力選手の打率を覚えた。高校野球の本拠地甲子園が近くになったこともラッキーだった。春夏の大会はタダの外野席に陣取ってカチワリをかじったり頭に乗せたりしながら観戦した。ひいきの常連校の一つPL学園の校歌をいつの間にか覚えて今でもサビは諳んじることができる。そのうち女子も甲子園に出場できるようになり、その時は「絶対に出たる!」と思った。
 中学に入ると迷うことなくソフトボール部に入った。体は小さかったが、少女野球で鍛えていたので、すぐレギュラーになれた。
 しかし、そこで深刻ないじめにあう。負け試合の最後の打者に「三振してもいいから思い切り振っていけ」と声をかけたことがきっかけだった。気楽に行こうと励ましたつもりがチームメートには「どうせ打てないからと馬鹿にした」と受け取られ、仲間外れにされた。問題はそれからだった。ちょうど理科の授業でリトマス試験紙を使ってphを調べる実験があり、教師に「酸性・アルカリ性・中性」の説明を受けた部活の仲間たちから「尾辻は中性だ」と囃し立てられた。それは半年も続き、自殺を考え実際に手首にカッターを当てたこともあった。
 それまでは「男の子みたい」と言われると元気の証のようでどこか誇らしい気がしたが、中学でのいじめを通じて、自分が“普通の女の子”ではないことを“負い目”に感じるようなった。思えば、運動は大好きだが、「女性っぽいスポーツはタイプじゃなかった」。
 バドミントンやテニスのようなスカートをはく競技、あるいは女性らしさを誇示する新体操とかフィギュアスケートはやってみたいとも思わなかった。
 スポーツ以外でも同様だった。買ってほしいおもちゃは人形ではなくビー玉。人形の着せ替え遊びをした覚えはほとんどない。少女漫画も苦手だった。中学時代は「別冊マーガレット」系のきれいな絵が流行っていたが、同級生の女子たちが「キラキラ瞳」や「胸キュン」に反応していることが理解できなかった。読むのは同年代の男子が愛読している「コロコロコミック」や「少年ジャンプ」。とくに「リングにかけろ」や「はじめの一歩」のボクシング漫画、あるいは剣道漫画「俺は鉄平」がお気に入りだった。
 音楽でもアイドルは苦手だった。松田聖子や中森明菜が華々しくブラウン管に登場した時は、同級生の女子が大騒ぎするのについていけなかった。嫌悪は抱かないがさっぱり興味がわかないのだ。母のたっての希望でピアノを習わされたが、これも気が乗らなかった。
 しかし、こうしたことは「嗜好」の違いですまないから厄介だった。外で遊ぶのが好きな活発な女子とは付き合えるが、少女漫画が好きな、数としてはそちらの方が圧倒的に多い女子の同級生と会話をするのが難しい。しかし、なんとか合わせないと仲間外れにされる。それが孤立といじめにつながっていたと思い知らされた。
(文中敬称略)
(つづく)







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