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評者◆風竜胆
多様性を容認しないような思想は、偏狭で危険なもの
市場主義のたそがれ――新自由主義の光と影
根井雅弘
No.3165 ・ 2014年07月05日




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 一時、「新自由主義」という言葉をよく聞いたが、つまりは、市場メカニズムを絶対視するという市場原理主義とも言えるような考え方である。このような市場原理主義は、シカゴ学派と言われる経済学者たちによって唱えられたものだ。本書は、ミルトン・フリードマンを中心とするシカゴ学派の人々に焦点を合わせて、その功罪を論じたものである。
 フリードマンといえば、条件反射的に「マネタリズム」という言葉が出てくるのだが、彼の主張していたのは、経済安定のためには、マネーサプライを一定率で増やしていく政策をルール化すべきということである。彼は、ケインズ流の財政政策を批判していた。
 一般には、ケインズといえば、財政出動と思われているのだが、実のところ彼は、金融政策の方も重視していたと著者は指摘している。彼は、流動性の罠に嵌まり、金融政策の効かないような状況は、あくまでも理論上のものであると考えていたのだ。サミュエルソンの新古典派綜合が主流だった70年代前半までは、マネタリズムは一つの極論であるとの考え方が概ね支持されていたという。しかし、ベトナム戦争による大幅な需要超過によるインフレの進行と共に、フリードマンのマネタリズムが台頭してくる。
 フリードマンの思想とは、「自由市場」は「政府干渉」より、はるかに効率的に、経済問題を解決できるというものだ。これは、私から見れば、特定のモデルを絶対視した、信仰にしか見えない。経済学者という人種は、どういう訳か、自分の好むモデルを絶対視する傾向がある。だが、経済のように、その時代の社会構造に影響を受けるものは、時代と共にモデルも変わるはずだというのは自明のことだろう。事実、レーガン政権でマネタリズムを実践した結果残ったのは、双子の赤字と貧富の差の拡大だった。
 フリードマンは、「仮定が「現実的」であるかどうかは問題ではなく、その仮定に基づいた理論が正解な予測を生むかどうかのほうが重要である」との見解を持っていたそうだ。しかし、そもそも、正確な予測を生む理論というものが、経済学にあるのだろうかということすら、疑問に思えるのだが。
 著者は、フリードマンの主張を擁護するような文脈で、「もし過程が『現実的』であるような理論しかみとめないのならば、現在、『経済学原理』、『ミクロ経済学』、『マクロ経済学』などの講義名で呼ばれている内容のかなりの部分が『失格』してしまう」(P14)と述べているが、これはつまりは、経済学の理論というのは、砂上の楼閣であることを認めているということだろう。だから経済学者の発言を聞く時には、このことを念頭に置いて聞く必要があるのだ。
 もちろん、経済学理論が全く信じられないと言っている訳ではない。今生き残っている経済思想は、一面ではそれなりの納得感を持っているのだろう。だからといって、それがどのような場合にも無制限に適用できると考えることには、なんの根拠もないことは指摘しておきたい。
 日本でも、「改革なくして成長なし」という新自由主義政策は、さまざまな歪みを生み出した。著者はいう。「経済学の考え方は唯一無二のものではなく、多様であるからこそ価値がある」と。多様性を認めようとしない偏狭な思想は、経済学に限らず独善的で危険なものだ。私たちは、多様性を尊重しながら、状況にもっともふさわしい解を選択しなければならない。

選評:一冊の書物、特にノンフィクションや学術的な書物は、ある限定された題材を扱っていると思われがちですが、実際には今回のレビューにあるように、はるかに広い世界や価値観とつながっているものです。それを発見できたとき、初めて「(本を)読む」ことができた、と言えるのではないでしょうか。

次選レビュアー:wings to fly〈『大正ロマン手帖』(河出書房新社)〉、蜜蜂いづる〈『ぼくはスピーチをするために来たのではありません』(新潮社)〉







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