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評者◆森 泰美(函館蔦屋書店)
不器用でたくましい女たち
星々たち
桜木紫乃
No.3164 ・ 2014年06月28日




■桜木紫乃との出逢いは『硝子の葦』だった。
 編集者の熱を感じる頭紙が添えられたゲラをめくれば、ラブホテルのオーナーの妻をめぐる男たち、女たちと、葦の生い茂る釧路湿原が乾いた筆致で描かれていた。美貌の、冷たく昏いヒロイン。繰り返し挿入される、筒のなかを砂がさらさらと滑り落ちていくイメージ……こんな作家が北海道の身近にいたのかと驚いたのと同時に、強く惹かれた。いつかきっと大きな賞を獲るに決まっていると思ったのは数年前、『硝子の葦』のラブホテルの名前と同名を冠した『ホテルローヤル』で昨年、直木賞を受賞したのはご承知の通りである。
 『星々たち』は文芸誌『ジェイ・ノベル』に連載された9作品がまとめられ、連作短篇集となったもの。
 1篇目「ひとりワルツ」は、高度経済成長期と思われるころの道東が舞台。スナックに勤める咲子はすこし前から通ってくるようになったヤマさんにワルツを習っている。男と別れるごとに道内を流れながれて釧路までやってきた主人公は「ヤマさんの前髪が揺れるたび咲子は、そこから男の色気が滴になってこぼれ落ちる気がする」と、紳士そのものの常連客へ初恋のように体温をあげている。生まれて初めて付き合った男とのあいだにできた中学一年生の娘・千春は、実家の母に預けたまま。罪悪感から週に一度電話をかけるが、一回千円までと決めてかける電話はしかし、半分の時間で話題が尽きてしまう。
 夏休みに入った娘を呼び寄せ、たまにはと母親らしいことをしていたある日、店でヤマさんからデートの誘いを受ける。
 「もう少し夢をみてはいけないだろうか。いずれ覚めてしまうとしても」「見えない明日が欲しいじゃないの。なにもかもわかってたら、つまんない」。つぶやいたそばから自己嫌悪に襲われているにせよ、咲子のあっけらかんと刹那的なことといったら。ある事件が起きて彼女は「この恋を終えられなく」なるのだった。
 作品が進むにつれ時代も進み、千春の成長した姿が次々と描かれる。やはり波乱に富んだ娘の人生は、身体を流れる血に受け継いだ気質によるものだろうか。
 自分のしたいようにしか生きられない、不器用でたくましい女たち。生きたいように生きていくプリミティヴさはまるで野生の動物のようだ。歳月を経て年老い、人間社会で傷ついた動物たちの生は果たして幸せだっただろうか?――すさまじい生涯を送った姉妹を描いた大傑作長篇『ラブレス』で示されたのは「幸せかどうかは他人には判らない」のだ、ということだったが――桜木紫乃は『星々たち』の、連作短篇という制限のある構造のなかでそれをふたたび示してみせたのだ。生きたいように生きることには不安定さがつきまとい、逆に自分の意志を殺していても後悔はやってくる。しかし、桜木紫乃の描く女たちはいつの時代においても、選ばなかった道になど目を向けない。いたずらに不遇を嘆いたり立ち止まったりしないのだ。彼女たちの生き様はどのような境遇にあっても凛々しく、読み手を力づよく励ますのである。








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