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評者◆前田和男
若きLGBT人権活動家・尾辻かな子の巻(1)
No.3163 ・ 2014年06月21日




■最初に取り上げる「新しい伏流」は、少なくとも過去には存在しなかった、いや、より正確にいうと、存在はしたかもしれないが「政治的」には存在しなかったに等しい「伏流」である。それは性的マイノリティ(LGBT)に関わる政治もふくむ社会的運動のことだ。
 ちなみにLGBTとは、Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)、Gay(ゲイ、男性同性愛者)、Bisexial(両性愛者)、Transgender(心と身体が一致しない人)の頭文字をとった略称で、成熟した先進諸国には総人口の3~5%はいるとされるが、歴史的には“いない者”“いてはならない者”として差別・排除されてきた。この存在の社会的認知と受容をめざしてアメリカやヨーロッパでは長らく取り組みがなされてきた。その結果、アメリカでは2004年5月のマサチューセッツ州を皮切りに18の州と地域で同性婚が制度化され、フランスではベルトラン・ドラノエが1998年にゲイであることを公表した初めての国会議員(当選は95年)となり、さらに2001年にはパリ市長に選ばれるなど多くの「社会的果実」が生み出されている。
 いっぽう日本においては先進諸国の中では遥かに遅れていた。冒頭で「政治的」には存在しなかったに等しい「伏流」と述べたゆえんである。しかし、ようやく日本でも、そうした「新しい伏流」への挑戦者が表舞台に現われた。
 昨2013年5月23日の毎日新聞朝刊の政治面の片隅に、こんなべた記事が掲載された(朝日、読売、日経などの全国紙でも報じられたが同様の扱いだった)。
 「2007年参院比例代表の選挙会は22日、民主党に離党届を提出していた室井邦彦参議院議員の議員辞職に伴い、民主党の名簿順位に基づいて尾辻かな子氏の繰り上げ当選を決めた。23日の官報で告示し、同日午後に当選証書を渡す。任期は今年7月26日まで」
 繰り上げ当選とは、衆参の比例代表議員の辞職や死亡により、次点以下の落選者が議席を得ることで、それほど珍しいことではない。従って通常大新聞の政治欄の繰り上げ当選記事はこの程度と相場が決まっている。しかし、この尾辻かな子の繰り上げ当選は、ある意味で歴史的な事件であり、せめてあと二十数文字を追加すべきであった。すなわち「同性愛者であることを公表した日本初の国会議員が誕生した」と。
 大半の読者は読み飛ばしてしまうちっぽけな記事かもしれないが、日本のLGBT運動のみならず、それを含む日本の人権運動総体にとっては、大いなる事件だった。尾辻かな子はレズビアンであることを公表した大阪府議だったが、同性婚の制度化などLGBTの社会的共生を求めて6年前の21回参議院選挙全国比例区に民主党公認で出馬するも落選、ここでLGBTの政治伏流は地表への出口を失いかけたのだが、ぎりぎりのところで表へ出られたのである。
 私個人にとっても感慨深い大事件であった。私はLGBTの世界でいう“ノンケ”(その気がない異性愛者)だが、性的マイノリティとの社会的共生に政治的な可能性を見て選挙に関わった。それゆえLGBT発の政治伏流に6年の出口喪失をもたらした責任の一端を負っていたからである(この選挙は日本のマイノリティ運動にとって示唆に富んでいたが、それについては追って詳しく語るのでしばらくお待ちいただきたい)。さらには、空白の6年によって、欧米のようにLGBTが人権運動の中にしかるべき地位をしめられなかったことがヘイトスピーチのようなマイノリティ排除の台頭を許してしまったのではないかと内心忸怩たる思いを抱いていたので、なおさら尾辻かな子の復活は嬉しかった。
 いずれにせよ、尾辻かな子の繰り上げ当選は歴史的な大事件だったのだが、その意味に気づきそれを伝えようとしたマスコミはほとんどなかった。各紙がべた記事扱いに終始したのがその証拠だが、うがった見方をすると気づいていてあえて「寝た子を起こさないようにした」のかもしれない。だとしたら彼らに中国やロシアの人権弾圧を断ずる資格はない。辛うじて朝日だけが、人物紹介という形で、少なくとも尾辻かな子が何者なのか、これまでの国会議員とはかなり次元が違うらしいことを次のように読者に伝えた(2013年5月23日朝刊「ひと」欄)。
 「初仕事は6月7日にルース駐日米大使主催の『性的少数者』の権利を高めるパーティー。『違いを豊かさに変えられる社会にしたい』とスピーチするつもりだ。2003年、大阪府議に初当選。『私たちを隠しているのは社会の方。政治が変われば社会が変わる』。同性愛は伏せていたが、原点を語れないもどかしさに悩んだ。05年にカミングアウト。07年の参院選で民主党の公募に応じ、東京・新宿2丁目に選挙事務所を構えた。『同性愛者を否定する時代は終わった』。(略)任期は7月の参院選までの2カ月だ。同じ悩みを抱える若者への希望の1議席になりたいと願う。『自分をセクシュアリティーだけで否定しなくていいんだよ。なりたい自分を諦めないで』」。
(文中敬称略)
(つづく)







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