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評者◆志村有弘
忘れ得ぬ戦争の悲惨さが散文に韻文に――関谷雄孝の戦争の残酷さと友の哀しい思い出を描く小説「田端駅 有情」(『小説家』)、春田道博の古本屋の日々の苦闘と鋭い現代批判を綴るエッセイ「古本屋の眼」(『Pegada』)
No.3163 ・ 2014年06月21日




■戦争の悲惨さ・残酷さ、震災・原発の恐怖・苦悩を綴る作品が目立つ。
 小説では関谷雄孝の「田端駅 有情」(小説家第140号)が、小学校時代の友の哀しい思い出と戦争の悲惨さ、残酷さを記す。爆撃のあとに会えた渡部はほとんど何も語らずに去っていった。その時の光景は「私」の心に残り、次に会えたときは渡部は癌に蝕まれ、死に近い状態であった。日本が追い詰められていく戦時下の状況も記されている。空爆時の凄惨な状況はまさに地獄だ。そして最後に旧友と会えたとはいえ、「私」の心の中には一層哀しい思いが残ったに相違ない。ともあれ、行間に滲み出る哀しい抒情性を称えたい。
 森岡久元の「昼下がりのダンスホール」(別冊關學文藝第48号)は、右記関谷の題を借りれば〈尾道 有情〉。戦中・戦時下の尾道を舞台に幼年時代の「ぼく」とその仲間たちの姿を描く。幼稚園の友寺岡園子の家は駐留軍のダンスホールとなった。園子に魅せられた豪州兵士と日本人女性のダンス。歳月が流れ、そうした記憶をたどるべく尾道を散策する。戦後まもない尾道の状況も資料をもとに、素直な文章で示されている。
 水野玲子の「磁器嵐の中」(北斗七星第5号)は、「私」と「夫」のすさまじい日々を描く。「最適な人」である夫がアルコール依存症・躁鬱病となって入退院を繰り返し、妻も精神に異常をきたす。共に死のうと互いの首を締め合うなどもする。夫婦は一度は離婚するも、再婚をし、やがてどうにか平穏な日々になる。夫婦の凄絶な日々を綴った島尾敏雄の『死の棘』を「あれは喜劇を書いたのだ」と言った人がいた。そうしたことを想起しないでもないが、どうであれ、一気に読ませる筆力が見事だ。
 歴史小説では、吉保知佐の「小林弥五兵衛の息子」(AMAZON第465号)が、俳人一茶の父と後妻の心情・言動を綴る。後半は一茶が中心となるが、息子を思う父弥五兵衛と実子が生まれてからの後妻の激しい姿勢がよく描かれている。但し、文末の「のである」「のだった」の頻出が少し気になった。
 福井京子の「まほらまの風」(高知文学第40号)は、『土佐日記』等を資料として、土佐の国と平安京を舞台に主人公佐那と吉之丞との恋と結婚など心優しい平安朝物語を展開。
 エッセイでは、春田道博の「古本屋の眼」(Pegada第14号)が、古本屋としての努力(涙ぐましいほどの)と日々の戦い(?)を綴る。一冊々々の厳しい点検はむろんのこと、代金が送られてこなかったり、発送した本が着払いで返送されてきたりする。また、勉強しない学生の姿を「亡国の道まっしぐら」と言い、低俗な電子書籍が続く限り古本屋は「安泰」と述べる。随所に示す辛辣な現代批判が痛快。文章も簡潔で小気味良い。盛厚三の連載「釧路湿原文学史(2)」(北方人第19号)は、大正期の釧路の光景や子母澤寛・中戸川吉二・更科源蔵など釧路ゆかりの文人と文学に触れていて貴重。柿田半周の「海峡の上臈たち」(海峡派第130号)は、流暢・軽妙な文体で門司・下関を軸に遊女・遊廓の歴史と今を綴る紀行文的エッセイ。文学作品も渉猟し、遊女の墓の写真なども興味深い。
 「現代短歌」(2014年6月号)が「特集七十歳の歌人」を組んでいる。鶴岡美代子を司会とする五人の座談会もそれぞれの歴史を感じ、橋本千恵子の「古希となりめづらに病めばそれきりにものを食せず喘息発す」、足立晶子の「七十歳を前に逝きたる人おもふ水のながれて花のふぶけり」などの歌に人の世の悲しさを思う。
 詩では、『二〇一四 福島県現代詩集』が七十三人の詩を掲載し、その大半が東日本大震災・原発事故に対する悲憤慷慨を綴る。榊原敬子のK製麺所」(COALSACK第78号)は、スーパーでK製麺所の名を見て、幼いころ、K製麺所の「親父さん」が憲兵に拷問を受けた記憶から、現代の不安を「逆に回り始めたのか 時代の歯車」・「軋む歯車/日毎強まる不協和音」という表現で綴る。西沢与志栄の「避難逃行」・「生きて」(岩魚第6集)は、空襲警報(西沢は当時八歳)の思い出を記す。戦中に生きた人の心から戦争の恐怖は消えることはない。朝倉宏哉の「蒙古襲来」(海蛍第9号)は、文永・弘安の役で日本を「震撼」させた蒙古襲来の恐怖を相撲界におけるモンゴル出身力士の強さに重ね合わせ、「平成の役」と称して「もっこ来たド! 震撼せよ! 目を覚ませ!」と叫び、「国技が泣くよ」と慨嘆する。しかし、相撲の強さとは反対に、モンゴル出身の力士は概して紳士的で心優しい気がする。
 「かいだん」が第60号で終刊となった。島田和世の追悼号も兼ねており、編集後記によると同人の高齢化が終刊の大きな理由であるらしいが、脈々と文学の営みを続けてきたことに敬意を表したい。第四次「京浜文学」(第24号・神谷量平追悼号)も終生発行人神谷量平の死去に伴い、十二年間に及ぶ誠実な活動の幕を閉じ、諸氏が神谷への感謝の念や思い出を述べている。「岩漿」第22号が鈴木喜一、「機関誌 自由律句のひろば」第2号が高田弄山、「新現実」第120号が小山榮雅、「扉」第18号が樋口榮子、「未来」第748号が稲葉峯子、「歴程」第558号が辻井喬の追悼号(含訃報)。ご冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)







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