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評者◆倉石一郎
すべてはバスから始まった……
No.3162 ・ 2014年06月14日




■今年、アメリカ合衆国は公民権運動関係のメモリアルが目白押しである。この夏には「フリーダムサマー」五〇周年を迎える。一九六四年夏、ディープサウスのミシシッピーで苦闘する公民権運動を支援するため、北部の学生や活動家が大挙して現地を訪れた。その際に白人至上主義の暴漢に襲われ三人の活動家が殺害される事件が起き、それを題材に映画『ミシシッピーバーニング』がつくられた。ほかにも今年は、たとえば「ボストンバス騒擾」から四〇年の節目にあたる。学校現場の人種統合を実現するため、一九七四年に市当局が「強制バス通学政策(バシング)」を実行に移したが、怒り心頭に発した市民による学校ボイコット、バスの焼き討ちなど大騒動になった。さらには、雇用における人種差別禁止など画期的な内容をもつ一九六四年公民権法が制定されてから五〇年にもあたる。
 そんなメモリアルイヤーに、勤務先の支援をえてアメリカに約半年間の海外研修にやってきたのだが、インターネットで日本のニュースをフォローしていると気の重くなるものが多い。中でも衝撃的だったのが、五月三日の憲法記念日に朝日新聞記者銃撃事件現場でヘイトデモがあり、記者殺害が堂々と「顕彰」されたというニュースだった。もちろん米国にもファナティックな集団はごまんといるし、こうしたデモも行われているかもしれない。ただ気になったのは、こうした行為に対する、社会の責任ある立場の人たちの反応である。例えばもしアメリカで、フリーダムサマーの時に惨殺された活動家の命日に、殺害をたたえるデモがおこったとしたらどうだろうか。首脳を筆頭とした政府関係者や言論界のオピニオンリーダーたち全てが、日本の場合のように、だんまりを決めこみ「なかったこと」としてやり過ごすだろうか。それはありえないことのように思う。
 さて、目白押しのメモリアルの中でも特に私が注目しているのが「ブラウン判決」六〇年である。これは、連邦最高裁が学校における人種隔離を違憲とする画期的な判断をしたもので、「分離すれども平等」の名のもと長年放置されてきた差別と闘っている人々を大いに鼓舞した。マイノリティの教育に長年関心を持ってきた私は、この千載一遇の機会をとらえ、判決が出た五月一七日当日を舞台となったカンザス州トピカという町で迎え、現場を歩いてこようと思う。先に「ボストンバス騒擾」のことを書いたが、ここにもスクールバスが顔を出す。ただ、ボストンのケースでは人種のアンバランスという差別状態をなくす措置として、無理やり子どもを遠くの学校に通わせるためのバスだったのに対し、こちらブラウン判決のことの起こりは、当時八歳で小学三年生だったリンダ・ブラウンが、家のすぐ近隣に公立学校があるのに、黒人という理由だけで遠くの学校までバスで通わねばならないという問題だった。同じスクールバスでも一八〇度意味合いが違うのがおもしろい。
 少し自分の研究のことも書いておこう。私の専門は教育学で、このところは就・通学の支援、つまりは学校に通ったり勉強を続けたりがしにくい環境にある子どもへの支援がどのように立ち上げられ、制度化されてきたかを日本とアメリカなど諸外国を比較しながら研究している。今までは、たとえば、戦後の日本で長欠状態になりがちな被差別部落の生徒の出席を促すために、家庭訪問や夜間の補習、場合によっては家計支援などに奔走した福祉教員(高知県がルーツ)のことなどを取りあげてきたが、アメリカに来てはたと気づいたことがある。貧困や差別などもあるにせよ、こちらの子どもにとって、通学の前に立ちはだかった第一の敵は「距離」ではなかったか。このとてつもない国土の広大さ、町のスカスカ度、そして車なければ人にあらずと言わんばかりの公共交通の未発達さ。これらは、車なしで暮らす私自身に日々襲いかかっていることどもでもあるが、これをテーマ化したのが“School Transportation”という概念である。日本の感覚では幼稚園の送迎バスぐらいしか思い浮かばないが、古い資料を見るとアメリカでは、遅くとも一九三〇年代までにはこれが教育における重要課題の一つに位置づけられている。黒人差別だけでなく、こういう背景を念頭においてブラウン判決の舞台を訪ねるのもまた一興だ。
(以下続く)







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