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評者◆森泰美(函館蔦屋書店)
人に秘密はつきものだ
秘密 上下
ケイト・モートン著、青木純子訳
No.3160 ・ 2014年05月31日




■自宅にある絵本は残らず読んでしまった子供時代。帰りのバスを待つあいだ本屋で本を読んでいて、バスを何本も逃した高校時代。おもしろい本を読んでいると周りの音が聞こえなくなる……書評をチェックする習慣があるような読書家の方ならば、どこか似たようなご経験がおありなのではないだろうか。
 かつて物語を旅する魅力を教えてくれた本たち――『秘密の花園』や『レベッカ』、『嵐が丘』。その系譜に連なるストーリー・テラーである手腕を前作『忘れられた花園』(東京創元社)でまざまざと見せつけたケイト・モートンの、待望の邦訳作が『秘密 上・下』(青木純子訳、東京創元社)だ。
 イギリスの古き良きカントリーハウスで両親の愛情を惜しみなく与えられて育った5人の子供たちの長女、ローレルは、オスカー保持の国民的ベテラン女優。いまや老い、意識が過去と現在をさまようようになった母のいる病院を訪うと、隅々まで知っているはずの家族のアルバムから、見覚えのない、若かりしころの母の写真が滑りおちてきた。
 まるで別人のような昔の母。「不自然なほど」子供たちに語られてこなかった、母親になる前の母のこと、共に写真にうつる美しい女性――そして幸福の象徴のようなローレルの少女時代のある日に家で起きた、ある殺人事件の記憶が甦る。母に残された時間の少なさに急かされ、ローレルは母・ドロシーの謎を突き止めるべく調査を始める。
 物語は、現在・ローレルの少女時代・ドロシーの少女時代と、3つの年代を行き来しながら謎をしだいに明らかにしていく。伏線がこれでもかと張り巡らされていく前半や、それらが鮮やかな手際で拾いあげられていく息もつかせぬ後半。タイムトラベルにするりといざなう巧みな語りはモートンの読者にはおなじみだが、今作はローレルという「耳と目と心を総動員してものごとを観察できる」女優をはじめ、現れるひとびとの生き生きとした人物像が圧倒的な魅力を放っている。何気ない風景描写のうつくしさは天下一品で、謎を追う読者の目を寛がせてくれるのだが、それらに秘密が混ざっていたりするのでしてやられてしまう。モートンもまた、物語を読むたのしさを存分に味わってきたひとなのだなということが、そういった愛情深い言葉の紡ぎかたで伝わってくる。
 ローレルもドロシーも経た、夢見がちな少女時代に共通して抱いていた「自分は特別、親と同じような退屈な人生はまっぴら」というような思い、対して、子に幸せになってほしいと願う親心は、いつの世も万国共通のものなのだろう。しかし、その思いがもたらす結果はいつもおなじだったか。俳優を夢見て実家を飛び出したローレルはロンドンで成功を掴んだ。しかしドロシーが少女時代を過ごした第二次大戦中は、毎日が非日常だったのだ。
 人に秘密はつきものだ。何も問題のない家はないだろう。それぞれの歴史を抱えてなお、彼女たちがたどりついたエンディングをぜひ味わっていただきたい。どこを語ってもネタバレしてしまいそうなケイト・モートンなのだが、胸のすくこと、下手をするとまた上巻に戻り読みはじめてしまうこと、請け合いなのである。







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