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評者◆岡一雅(MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店)
評伝のお手本と呼ぶべき一冊
ハンナ・アーレント――「戦争の世紀」を生きた政治哲学者
矢野久美子
No.3159 ・ 2014年05月24日




■昨秋公開された映画が好評を博したこともあって、改めて注目される政治哲学者ハンナ・アーレント。私が勤める店の哲学棚でも、小さいながらアーレントのフェアをした際、映画の元ネタと言うべき『イェルサレムのアイヒマン』(みすず書房)を手に取られて読まれる方を、幾度かお見かけすることがあった。
 とはいえ、ほとんどの方にとってアーレントの著作を読むのは生易しいものではない。大部で密度が濃いものばかり……。
 そんな選択に悩むアーレント初心者へ、その生涯と主著の解説をコンパクトに纏め上げたこの新書を一番にお薦めしたい。
 ユダヤ人だったアーレントは、自らのナチスのユダヤ人迫害から逃れた体験と、絶滅収容所の存在に衝撃を受けたことから、そのような事態を生み出した全体主義とは何なのか、そして全体主義を生み出したものは何者なのか、問い続けることになる。
 そのアプローチは、党派的な立場から行為の善悪を論じ、熱狂的に糾弾するのではなく、極めて冷静に「(全体主義の)要素を明らかすることによって、それらの要素が再びなんらかの形で全体主義へと結晶化しようとする時点で、人々に思考と抵抗を促すような、理解の試みであった」と著者は喝破する。
 アーレントは、彼女が書いたナチスの元高官アイヒマンの裁判傍聴レポート『イェルサレムのアイヒマン』への激しい批判、特に親しい友人たちに絶縁される最悪の事態に直面しても、挫けることなく自身の思索をより深め、批判から逃れず真摯に向き合う勁さを持ち続けた、タフな思想家だった。
 そんなアーレントの思想に大きな影響を与えてきた、近代哲学史を彩る人々とのエピソードもまた興味深い。
 余りに有名なアーレントとハイデガーの「秘められた恋」だけでなく、もう一人の恩師ヤスパースと、最良の伴侶だったブリュッヒャー、この二人の精神的なバックアップなくして、アーレントの思想は語ることはできない。
 他にも、亡命先のパリで出会い、ナチスドイツのフランス侵攻によって人生の明暗をわかつことになるベンヤミンや、アーレントからその知性を「砂漠の中のオアシス」に喩えられたホッファー、反ユダヤ主義への知的アプローチとタバコの嗜みを彼女に教えたブルーメンフェルト……。彼らとの喜怒哀楽を多く含んだエピソードは、アーレントの思想を読み解く鍵になるだけでなく、堅苦しい哲学者からより近しい人物へ、彼女のイメージを一八〇度変えてくれるものだ。
 特に私の印象に残ったエピソードは、第五章の最後、アーレントが病床のブルーメンフェルトに会うことが叶わなかったシーン。まさか彼女の傷心を慮り、胸が締め付けられる程に感情移入しながら読むことになろうとは!
 経歴を時系列順に並べた無味乾燥なものでもなければ、著者の思い入れが無駄に強すぎることもない。アーレントに寄り添うような視点と抑制的な文章をもって、彼女の波瀾に満ちた生涯を見事に描き切った。まさに評伝のお手本と呼ぶべき一冊。







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