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評者◆鈴木慎二(BOOKS隆文堂)
野武士のような作家、富士正晴
富士正晴集
富士正晴
No.3158 ・ 2014年05月17日




■エドワード・W・サイードが『知識人とは何か』(平凡社ライブラリー)で定義した「知識人」に当てはまる人を日本人で考えてみると、頻繁に発言はしないが、ひとたび発言すれば皆が恐れる野武士のような作家や批評家が「知識人」に当てはまらないだろうか。
 近年の代表格は、亡くなって二十年以上たつとは信じられない中上健次。存命で活躍している方だと、異論はあるかもしれないが、渡辺京二や橋本治だろうか。前述の「知識人」という定義がとても似合う気がする。
 先述した方々の著作や人間性にも惹かれるが、「知識人」イコール「野武士のような作家」として真っ先に連想するのは富士正晴。
 はじめて名前を知ったのは大学生時代、坪内祐三『ストリートワイズ』(晶文社↓講談社文庫)の一文。「庭の片隅にいる変わった叔父さん」の中で、花田清輝、長谷川四郎、吉田健一、植草甚一といった同世代の高等遊民的な作家の一人としてその中でも富士正晴を一番大きく取り上げていた。その後、坪内祐三の『三茶日記』(本の雑誌社)も読み、富士正晴が花田清輝と並び称されるくらいの批評眼の持ち主で、「東の花田、西の富士」という時代があったことも知った。けれども富士正晴の著作を読もうという気にはならず、そのまま関心を失ってしまった。
 再び関心を寄せたのは、人文書の担当になり、日本の戦後思想を勉強しはじめたことがきっかけ。その中で読んだ松本昌次さんの聞き書き集『私の戦後出版史』(トランスビュー)である。未來社で丸山眞男、藤田省三、橋川文三の著作を編集された方の本として読み進めたが、丸山、藤田と同様に一章を割いて、富士正晴について語っていたことが驚きだった。
 松本さんが語られた中で興味深かったのは、富士が旧制三高を伊吹武彦に反対されても中退し、京都弘文堂の編集者になって、未來社の創業者西谷能雄の従兄弟で、京都学派を代表する哲学者西谷啓治に大変可愛がられていたということ。知った後、弘文堂、京都学派、その周縁に関する本には、なるべく目を通すようになった。
 その後、生前の富士と交流し、『富士正晴作品集』(岩波書店)の編集にも携わった二人、杉本秀太郎『火用心』、山田稔『富士さんとわたし 手紙を読む』(共に版元は編集工房ノア)を読んだことも大きかった。ほぼ同時期に刊行された本で、先述した『私の戦後出版史』と並べた三冊から、富士正晴という間違いなく一人の「知識人」について得た知識は計り知れない。 富士の著作で入手が比較的容易な本が『富士正晴』(ちくま文庫日本文学全集)とこの『富士正晴集』だった。エッセイ選ならば、文学あるいは小説へ目を通すことが減った人間でも大丈夫かなという下心と、編集を担当された松本昌次さんが二十六篇を編集して収録された本ということも理由。
 読了後に感じたことは、今の時代のエッセイとは異質なものだということだった。アラン、ヴァレリー、ベンヤミンのような時代を超える耐久性がある。「植民地根性について」「八方やぶれ」「魯迅と私」「不参加ぐらし」。富士正晴の個人史を知りたいならまず「同人雑誌四十年」四十ページくらいだけど、とても簡潔な文章でつづられている。
 富士正晴の著作が、ごく少数の読者層に限られ、売れない、読まれない理由は、硬質な文体と、富士正晴の本質が、詩や絵画作品を見ればわかるが、ユーモアやパロディであるというところにあるのかもしれない。作品を批評するのに最もむつかしいものが本質ということも要因かもしれない。
 私が感じたのは、昨年が生誕百年、一昨年は没後二十五年だったのにもかかわらず、関西圏の版元さんや本屋さんから、刊行企画やフェア企画が、認識不足かもしれないが、皆無なのが残念である。同人雑誌八十周年にあたる三年後には是非何か企画して頂きたい。







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