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評者◆秋竜山
絵にも描けない怖さである、の巻
No.3158 ・ 2014年05月17日




■絵を描くぶんには何の問題もない。が、絵描きになりたい!! と、なると……。これは「怖い」。絵描きという妄想ほど最悪の怖さである。まず、親の立場というものがある。「絵描きなどになって、どーやって食っていくんだ」と、いうことの一点張りである。「よりによって絵描きなどに、そんな子をうんだおぼえはない」と、相場は決まっている。それにしても、何のために絵描きなどになりたいのだろう。どうして絵など描くことが好きになってしまったのだろう。本人にもその理由というものはわからない。わからないけど、どうにもならないのである。とにかく、絵というものは怖い。怖いもの見たさの内はいいが、怖いものなりたさになったら、もう、どーにもならなくなってしまう。中野京子『怖い絵 泣く女篇』(角川文庫、本体六六七円)。本書でとりあげられている作品は、すべて怖いもの見たさである。著者の名文が怖さを何倍かにさせる。これでもか、これでもか!!と、怖さをおしつけてしまう。
 〈「恐怖」は烈しい情動反応であって、基本的には「死」「闇」「未知」「喪失」「苦痛」「狂気」などに対し、誰もがひとしなみに感ずるものだが、それとは別に、選れた個人的な恐怖も存在する。他人には全く理解不能な、その人だけの恐怖、稀に本人さえ理由のはっきりわからない、それだけにいっそ逃れようのない底なしの恐怖が―〉(本書より)
 絵を見ての感想としてのホメ言葉として、「面白い絵ですね」と、いうのがある。そーいっておけば間違いない。画家自身もその評価に満足するだろう。でも、大満足までにはいたらないだろう。それを味わうには、「怖い絵ですねぇ」と、そのひとことをいってほしいのである。〈ヴェロッキオ「キリストの洗礼」〉では、
 〈この絵は、何というか、ひどく……変だ。これを描いたヴェロッキオという画家は、いったい絵がうまいのか、へたなのか、自作に満足したのか、それとも……。見てのとおり、イエス・キリスト受洗図である。〉(本書より)
 このような、これ以上のホメ言葉はないだろうと思われる最大の讃辞から文章がはじまる。
 〈ここには根本的な何かが欠けている。目に見えないが肝心の、たとえようもなく大きなもの、つまり、この人物がイエスである、ヨハネである、と見る者を納得させる、ある種の超俗性、あるいは聖性と言おうか、霊性と言おうか、この場に必須の神々しさ、バルザック曰くの「なんでもないものが実は全てだ」という、その「なんでもないもの」に当たる、この絵の要が、決定的に欠落している。〉(本書より)
 ここまで読んだら、次の章を読まずにはいられないだろう。何という面白い、いや怖い絵だろう。掲載されている絵をながめる。「アア……、何という怖さだ」。
 〈イエスのぎこちない身体、何よりもその顔は、もし頭に光輪が射していなければ、そのへんの有象無象のひとり以外の何者にも見えない。〉(本書より)
 アア……。絵にも描けない怖さである。キリストを描いてキリストらしくない、ということが、こんなに怖いとは、これは大発見でもある。あのキリストの顔の絵の修復をたのまれて、修復の結果、キリストの顔ではなくなってしまった、あの事件のような怖さである。では果たして本当のキリストの顔を知っている人がいるだろうか。それが怖い。







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