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評者◆たかとう匡子
新鋭の自由さ、年長が語る歴史、同人雑誌の種々――創刊21年で100号を迎えた「船団」、坂本満津夫「昭和文学の傷痕〈プロレタリア文学〉と、その時代」(「文芸復興」)
No.3158 ・ 2014年05月17日




■『船団』(船団の会)が100号になった。一九九三年創刊というから今号で二十一年目になる。『船団』は坪内稔典を中心に、既成の俳壇に捉われない普通の同人雑誌として創刊された。私の詩の経験からいえば、そのころはいわゆるほんとうの意味の読み手が少なくなっての孤立化の時代と対応するが、俳句のほうはどうだったろう。ともあれ、この雑誌にはたえず結社とかを打ち破ろうとする若いのびのびしたメッセージが感じられ、それはこの100号まで続いている。特集「再びひとり旅」では一三九人が俳句三句とエッセイを執筆。例えば陽山道子「今日のこの秋の夕焼け閉じこめる」、舩井春奈「冬の浜風待つ間けんけんぱ」、火箱ひろ「芭蕉よりチーズケーキの小春かな」、河野祐子「十月のバス停はまだ濡れている」など、定型を大事にする反面、のびのびと自由律を楽しむような軽みの魅力も縦横に感じさせる。どこか新陳代謝もうまくいっているということだろうか。これからも期待したい。
 『きせがわ』第2号(龍書房)三浦佐久子「宇野千代の恋愛――失恋によって浄化される魂」は作者一九二九年生まれというから八十五歳。宇野千代が師でもあり、生前の親交も深かったというから、作者の年齢からいっても満を持しての一文といっていいだろう。古き良き時代というような今日の時代の流れからはみだしているようにも思うが、膝付き合わせてきた人たちが歳をとったからといって文章が歳をとったわけではない。宇野千代の恋愛遍歴についてはすでに広く知られていて何か特別に加わったというわけではないが、こういう形のものをきちんと書いて残しておいてもらうことは大事で、気がついたらついついつり込まれて読んでしまっていた。
 『文芸復興』第28号(文芸復興社)坂本満津夫「昭和文学の傷痕〈プロレタリア文学〉と、その時代」の作者も八十二歳で、日本プロレタリア作家同盟機関誌「プロレタリア文学」一九三二年一月の創刊号から臨時増刊号を入れて六月号まで七冊を一冊ずつ丁寧に読み直して解説している。戦前の、国家による弾圧が厳しかった時代を、ひとつの雑誌のバックナンバーの読み込みをとおして検証しようというもので、おかげで私もたいへん勉強させてもらった。プロレタリアリアリズムという文学の在りようが問われた時代の、政治と文学がまっこうから俎上にのせられた時代のものだけに、資料としても貴重なエッセイだと思った。
 『八雁』第14号(八雁短歌会)木下長宏「〈失われた時〉を見出すとき」は敗戦直後の昭和二十年九月に出た太宰治の『惜別』初版本の読書体験が軸になったエッセイ。この本は貧しい紙質で、一六〇ページほどの紙束をホッチキスで仮綴し、背に糊をつけて本文と同じように薄い紙で表紙にしているというように外装をふくめて、太宰が小説として作品化するに至ったいきさつなど丁寧に書いていて、あらためて終戦直後の出版の現実も知り興味深かった。そして、私たちが文学に飢えていた時代を思いおこした。ひるがえって、現在の私たちは情報のあふれる時代に生きているが、それで今はハッピーかと思わず問い返してみたくもなった。敗戦直後に思いを馳せ、そのころ出た小説の読書体験録を書いておこうという、そのこと自体がとてもいいと共感した。
 『カンテラ』第26号(カンテラ同人)矢谷澪「ゴイシツバメシジミ」は典型的な回想風の私小説。妻が急死して一人暮らしとなった主人公は妻が綴った文章をパソコンから引き出して生前を偲んでいるうちに、かつて一緒に行った旅行先にもう一度行ってみたくなり一人旅をするという、よくあるオーソドックスな展開。題名の「ゴイシツバメシジミ」は原生林だけに生息するという珍しい蝶の名前で、以前妻と来たときと同じ写真が額に入れて立てかけてあったところからつけられている。この点新しさはないが逆に地味ななかに滋養があり、かけがえのない人生が浮かび上がっていて好感を持った。どんな人にもそれぞれのバリエーションがあり、人生があるのだとしみじみと思わせる独特な説得力があると思った。
 『あべの文学』第18号(あべの文学編集委員会)吉田秋月「微笑の裏側」は介護付き老人ホームで調理師として働いている女が、ある日、同じ調理師として入社してきた男と関係ができるという単純な物語である。といえば軽薄に聞こえるかもしれないが、その物語の、いわゆる細部の積み上げ方に関心を持った。その男と、同僚の女との会話で、のたりのたりとすすめており、そんな日常に男との不倫という非日常が介入してくる。そこにリアリティがある。小説のリアリティとは何かを素朴に問い返してみたくなった。のたりのたりが突風に変わる、ここが上手い。
 『山形文学』第103号(山形文学会)しん・りゅうう「蛾と、金魚と」は言語障害で第一音が滑らかに出てこない、いわゆる吃音症の小学生の息子。臍帯ヘルニアの妻。不倫相手の女。その女を囲っているヤクザ風の男などたくさんの人物を登場させる。その息子はいじめにあって登校拒否になったとか、四階の校舎から飛び降りたが助かったとか、妻との夫婦生活や妻が女に嫉妬して探偵を頼んだとか、その結果主人公とヤクザ風の男との一悶着があるというふうにいっぱい書きこんでいる。この点では大衆小説といっていいだろうが、そのぶん読んで面白かった。作品として危ないところを持った小説だと思うが、そこが面白くもあって紹介しておこう。
 『葦』第41号平城照子「衣を脱ぐ」は単調だが、脱皮に対する変身願望があり、願望を素朴にうたうという点で印象深かった。       (詩人)

▼船団 〒562―0033箕面市今宮3―6―17  船団の会 坪内稔典
▼きせがわ 〒101―0072東京都千代田区飯田橋2―16―3 龍書房 柏木節子
▼文芸復興 〒169―0074東京都新宿区北新宿2―6―29―415 文芸復興社 堀江朋子
▼八雁 〒860―0085熊本市北区津浦町2―35  八雁短歌会 泉田多美子
▼カンテラ 〒662―0085西宮市老松町14―15―509 カンテラ同人 久保田匡子
▼あべの文学 〒543―0027大阪市天王寺区筆ヶ崎町2―50―1102 あべの文学編集委員会 奥野方
▼山形文学 〒960―0823山形市下条町3―4―11  山形文学会 笹沢信
▼葦 〒519―0415三重県度会郡玉城町田丸156 村井一朗







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