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評者◆内堀弘
古本屋のドキュメント――玉英堂書店主人の訃報
No.3156 ・ 2014年04月26日




■某月某日。玉英堂書店から古書目録特別号が届く。その巻頭に「突然に父・孝夫が旅立ってしまいました」とあった。斎藤孝夫さん、享年七十一歳だった。
 神保町は今も古書店街だ。小さな街に同じ業種の店が百軒以上も並んでいる。だが古書店の百軒は貌がちがう。その一つ一つが、違った品揃えをしている。
 玉英堂書店は神保町の中でも稀覯書(レアブック)で知られる。明治以前の古典籍から近代の初版本まで、この国に残された価値ある稀少本を専らとした。
 バブル景気とよばれた時代に、私は駆け出しの古本屋だった。古書の世界にも熱狂は訪れて、何もかもが暴騰しているように見えた。だが、ベテランの同業が「こういうときに本当に珍しいものがそっと姿をみせる」と教えてくれた。後になって、なるほどと思った。「珍しい」といわれながらよく目にするものと、本当に目にしないものがたしかにある。そういうものに、思いきった値が付いた。玉英堂の斉藤さんは、抜きんでた知識と度胸で、オールラウンドで先頭を駆けた。
 この四月に『私がこだわった初版本』(川島幸希)という本が出た。コレクターの側からこの熱狂を描いたもので、なによりも具体的だ。たとえば、石川啄木の最初の歌集『一握の砂』のカバー付極美本が入札会に出た。二百五十万から五百万までの発注を出す。それが、てっぺんの五百まで競り上がっていく。私は同業者だけど、本当に稀少な古書(コレクターズアイテム)がどう現れ、どう動いたのかを、この本でしみじみ知った。争奪戦に息をのみ、途方もない額に唖然とする。過ぎていく時代のこうしたドキュメントが残されるのは稀だ。
 もちろん玉英堂の斎藤孝夫さんは何度も登場する。
 斎藤さんも熱狂の時代を最先頭で駆けた。だが回想や記録を残していない。たまたま亡くなる前に受けた書物雑誌のインタビューで、「自分は文章で語ることはできないが古書目録を通じて魅力を伝えたい」と語っている。
 特別号の古書目録には、新蒐品の古典籍が載っている。その解説原稿は斎藤さんが亡くなる直前まで書いていたものだ。『奈良絵本保元平治物語』(寛文宝永頃写 全十二冊)は二千五百万とある。野球でいえばエースで四番のような古書店主だったが、最後の最後まで新たに獲たものを調べ、値を付けた。それが古本屋のドキュメントということか。







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