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評者◆酒井邦嘉氏インタビュー
優れた芸術作品を提示することによって現代人に鋭敏な美の感覚を取り戻させる――美の要素の一つである「意外性」こそが、身につけるべき最も大切な「知」
芸術を創る脳――美・言語・人間性をめぐる対話
酒井邦嘉編、曽我大介・羽生善治・前田知洋・千住博著
No.3152 ・ 2014年03月29日




■言語脳科学者の酒井邦嘉氏が、『芸術を創る脳』を上梓した。音楽は指揮者・作曲家の曽我大介氏、将棋は棋士の羽生善治氏、マジックはクロースアップ・マジシャンの前田知洋氏、絵画は日本画家の千住博氏という四つのジャンルのプロフェッショナルたちに、酒井氏がインタビュー。第一線で活躍中の彼らとの対話をとおして、脳機能の秘密や芸術の核心を浮き彫りにしていく。まずユニークなのは、四つのジャンルの選択だろう。
 「『芸術』といったときに思い浮かべやすいのは絵画と音楽でしょう。人間の脳機能からみると、絵は視覚、音楽は聴覚に基づきます。この二つはまず含めたいと思いました。それから人間の思考について考えますと、『思考の芸術』という観点で将棋か囲碁を含めたいところです。そして、美の要素の一つである『意外性』という視点を加えたいと考えて、『不思議』を楽しむマジックという芸術が浮かびました」
 それでは、「美」には一般にどのような要素が含まれるのだろうか。「例えば数学の美について考えてみると、『単純性・対称性・意外性』が命だと思います。具体的には、少数の式だけであらわせるという単純性、規則性や均衡といった対称性、そして左辺と右辺に置かれた異質な概念が式で結びつくという意外性があります。そこに人間だけが持つ奥深い美意識が共通していて、そうした美を鑑賞し味わうのも芸術であると思います」
 「意外性」は、本書のキーワードの一つ。芸術の構成要素であると同時に、酒井氏は教育の現場でジレンマを感じる言葉でもあるようだ。
 「常識を覆すような学問上の発見は、極めて重要性が高く、広範な分野に影響を与え、われわれの物事の見方や考え方自体を変えてしまうこともあります。その意味で『意外性』は、私たちが身につけなければいけない、最も大切な『知』だと思います。しかし、知識を教える学校教育では『意外性』を教えることはあまりないでしょう。わかりやすく噛み砕いて教えれば教えるほど、意外性を奪ってしまう。そこに教育のジレンマを感じます」
 それでは、芸術は教育にどのように貢献するのだろうか。「太古の昔、天体の運動に美や神秘性を感じた人々が、自然に対する人間の世界観をつくってきました。ところが知識の吸収に忙しい現代人は、それを『当たり前だ』と切り捨てるあまり、美の感覚が麻痺してしまっています。そこで、優れた芸術作品によって美が提示されたとき、私たちはハッと原点に立ち返って、鋭敏な美の感覚を取り戻せるようになります。それは人間として生きる上で、本当に大切な体験なのです。それを子どものときに自然に体験させることが『情操教育』であり、人間性を形成する上で他の科目以上に大切なことなのです」
 そう述べる酒井氏は、四人の対話者を“理想的な師匠”と呼ぶ。その理由は、自らの仕事を見事に言語化しているからだ。
 「四人の師匠は、本書で惜しみなく奥義を教えてくれています。このように言語化してみると、他の分野の人が読んでも、自分が求めていることとの間に、さまざまな共通点が発見できることでしょう。芸術を生み、そして他者に伝わっていく『心』は、直接目には見えません。言葉や芸術作品を通して初めて、創作者と鑑賞者が心を通わせることができます。それは、言語や芸術というインターフェイスに、人間としての普遍性が備わっているからです」
 「おわりに」において、“二一世紀を迎えた現代ほど、芸術の必要性を声高に訴えなくてはならない時代はないかもしれない”と酒井氏は書く。
 「グローバル化をもてはやす最近の風潮は、芸術の真理と逆行する恐れがあります。芸術を本当に究めるためには、個別性を徹底的に追究することが実は大切で、個別のテーマを深めれば深めるほど普遍性に通じるのです。この発想を最初に学んだのはチョムスキーからです。彼は、英語の文の文法性を突き詰めて研究していけば、人間のすべての言語に共通の「普遍文法」が見えてくると考えました。一つの言葉の研究では不十分だと思われがちですが、追究する深さが深ければ通じるところは同じだという確信が、彼にはあったのでしょう。プロの芸術家も同じだと思います。音楽では、一つの楽器やジャンルを突き詰めていくうちに、音楽全般に通じる真理が見えてくるのだと思います。芸術に本気で人生をかけることで、芸術の高みに少しでも近づけるのだと思います。そうすると、時代や文化などが違う人々の芸術作品であっても、普遍的な人間の素晴らしさがきっと感じられるはずです」
 氏が追究しているのは、普遍的な人間性を生みだすメカニズム。その思想の源にあるのが脳なのだ。なぜなら脳の大本はみんな同じだから。「芸術」というテーマに沿って眺めると、「酒井人間学」の要諦がはっきりと見えてくる一冊だ。







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