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評者◆志村有弘
登場人物を鮮やかに描き分ける難波田節子の「兄の恋人」(「遠近」)――亡夫や父を恋うる記録・詩と老愁の日々を詠む句
No.3152 ・ 2014年03月29日




■小説では、難波田節子の「兄の恋人」(遠近第52号)が圧巻。作品の語り手は保険会社勤務の柾子。柾子には三十歳近い兄の大介がいる。大工の父は村山工務店に勤務し、その敷地内に住んでいた。村山の妻が他界したあと、柾子の母は村山の二人の息子の母親代わりを務め、脳梗塞で倒れた村山を死ぬまで世話をした。柾子と大介の性格の相違が対照的に示される。生真面目でひとに気遣う大介。その大介に五歳年上の愛人がいた。しかも愛人は切迫流産し、癌も発見された。村山の次男彦次の飄々とした風貌、大介を盲愛する母の姿がよく描かれている。生真面目な大介が愛人の描く裸体画のモデルをしていたという驚愕。文学の面白さは落差が大きいほど強烈な印象を受ける。登場人物を個性的に描き分ける難波田の技量に感心する。
 波佐間義之の「加熱炉」(文芸思潮第54号)は、製鉄所で働く主人公に脅迫まがいの姿勢で借金を申し込む男、やむなく無理をしながら金を貸す主人公。人間などいとも無造作に溶かしてしまう加熱炉のすさまじさ。所詮、人間とはどうにもならぬしがらみの中で生きてゆくものなのであろう。人間とは何か、生きるとは何か、そうしたことを考えさせられる。この作品は銀華文学賞当選作である。
 下田年恵の「ふたりて暮らせば」(函館文学学校作品2014)は、読ませる作品だ。両親が死んだあと、わたし(四十四歳)は妹(三十八歳)と二人で暮らしている。他に家の中にはわたしがだんごばあさんと命名した老婆と二十代の美しい女性が住んでいる。(老婆と美女はこの世の人ではないらしい)妹も階段のきしむ音や人の話し声を聞いており、確かに同居しているらしい。末尾で一瞬、店の主の顔がばあさんの顔になったというのは、わたしにこの人と一緒になれという霊のさとしであるものか。ユーモアを込めた饒舌体で作品を展開させる手腕に敬服。
 小森好彦の王朝小説「りきじゅ―王朝拾遺(三)」(季刊作家第82号)は、大江定基(寂昭)の三河守時代と出家してからの話。『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』の説話を根底に、三河国で愛した女の死骸から蛆がボロボロ落ちる話、前妻が死んだ犬の供養を寂昭に頼む話など作者一流の創作を加えている。構想を練りに練った様子がうかがえる。
 久田ヒロ子の「静謐」(R&W第15号)は多気神社と別宮に鎮守している多気命と秋津彦の女人にまつわる話。多気命は巫女橘姫に恋をし、秋津彦は好色な後家の萩に子を生ませる。一方、橘は罪の意識から投身自殺をしてしまう。最後に社に戻った多気命と秋津彦がそれぞれ「深い吐息」をつくところが印象的だ。煩悩に身を焦がす神の姿が面白い。
 堀江朋子の連載評伝小説「あの日あの時―高木喜代市を中心に」(文芸復興第28号)は、島原の口之津に生まれ、若き日は浪曲師になろうとした柔道家高木喜代市の波瀾万丈の生涯を文献や高木の関係者の証言等で構成。多様な登場人物の行動を通して明治・大正・昭和の裏面史を見る思いもする。東條英機暗殺計画や力道山と木村政彦のプロレスの戦いを挿入するなど興味津々。次号が楽しみだ。
 稲垣信子の「「双鷲」に命を賭けた夫(二)」(双鷲第81号)は、夫稲垣瑞雄(作家・詩人)の死を綴る。文学を、夫を愛し続けた妻の凄絶な記録である。夫が死去したとき、葬儀屋の問いに「よろしくお願いします」と言うしかない妻の心情が悲痛だ。子はいないけれど「二人には「双鷲」というかけがえのない文学があった」という末尾の文章が深く心に残る。不謹慎な表現であるが、一つの見事な文学作品を作り得ている。
 詩では、江田律の「今は亡き夫を偲びて、逝きて二年は過ぎ……」(仙台文学第83号)という詞書を付した「夕やけの海」など五篇の作品が悲しい。「愛しき夫」「我が夫」「運命の夫」「おもかげの夫」という言葉で亡き夫を恋う。「せつなく」「かなしく」「忘れえぬ」「わびしさ」という熾烈な思いを込めた心情語が悲しい旋律を奏でる。竹本祥子の「亡き父に」(龍舌蘭第186号)は、父が他界して二週間、父への思いと感謝を綴る。素直な表現が一層悲哀を感じさせ、読む者の肺腑を抉る。
 短歌では、鈴木道夫の「母亡き子」(鼓笛第8号)が「母危篤医師呼び走る少年は月に祈るも神なきを知る」以下、転校・孤独の日、少年の日の恋と今の思いを九首で歌う。細井みや子の「祖父の一生」(たま湖第38号)と題する十五首に歴史の重み。その中の一首「戦死の兄の生まれ変りか弘前藩士の末子と生れし我が祖父鉄男」。
 俳句では、柏木薫の老愁の日々を詠む「苦吟二十句」(タクラマカン第51号)中の「人生の終ひ支度や年惜しむ」・「あの人も逝きこの人も逝き虎落笛」がなんとも悲痛。
 「風紋」(個人誌)が創刊された。ご健筆をお祈りする。「黄色い潜水艦」第59号が松原新一、「双鷲」第81号が稲垣瑞雄の追悼号(含訃報)。ご冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)







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