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評者◆内堀弘
リトルプレスの真骨頂――高祖保の随筆集『庭柯のうぐひす』(亀鳴屋刊)
No.3152 ・ 2014年03月29日




■某月某日。高祖保の随筆集『庭柯のうぐひす』(外村彰編)が刊行された。版元は金沢の亀鳴屋という小さな書肆で、限定五百三部。といっても定価は二千五百円(+税)だから豪華本ではない。ちょっと小振りな上製本が、しっかりした函に収められている。その函がまるで抽出のようだ。
 高祖保という詩人は洗練された抒情詩を書いた。数冊の詩集を遺し昭和二十年に外地で戦病死する。堀辰雄や立原道造のように有名ではない。儚い印象を持つが、古書の世界では静かな人気がある。
 随筆集の大半を占める軽井沢での静養日記が面白い。アメリカン・ベエカリでランチをして、不二屋でアスパラガスと果実のサラダの缶詰を買う。どの文章も昭和十六年という時勢をおよそ感じさせない。言葉が澄んでいる。
 当時、いくつかの雑誌に書きのこした随筆をあつめて、いま一冊にした。そうか、出版というのはそういうことができるのだ、としみじみ思う。
 もう四半世紀も昔、郊外で古本屋をはじめて、まだ駆け出しの頃だ。平日の午後、初めて見えたお客さんが、終戦後に出た『高祖保詩集』を買ってくださった。紙質もよくない簡素な一冊だ。包んでいると、「親父なんです」とその方が言った。若く死んだ父親より、ずっと歳をとった子息から、その詩人の来歴や、戦死したことも聞いた。古本屋は不思議な場所だ。
 それから私は、この詩人の生前の詩集を探した。そして一九三〇年代のリトルプレスの瀟洒な仕事に出会った。
 いつだったか『彷書月刊』の事務所で編集長の田村さんが「これは面白い」と『伊藤茂次詩集』を見せてくれた。それも亀鳴屋の本だった。私はもう古本屋暮らしも長かったが、それでも詩人の名前を聞いたことがなかった。彼も「誰だか知らないけど面白いんだよ」と言うのだった。一万部、十万部ではなく、五百部、千部の面白さは、実はいくつもあるのだろう。それを形にするのは、今も昔もリトルプレスの真骨頂だ。
 高祖保の第一集『希臘十字』は、昭和八年に限定七十部で刊行された。そんな詩集でも古書の世界には姿を現す。昨年の暮れ、大阪の入札会にこれが出た。欲しかったが、落札できなかった。







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