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評者◆伊藤氏貴
本当に好きなことを見つけて、ひたすらに打ち込む生き方――失敗してから悩めばいい。死ぬほどの失敗なんてそうそうないのだから
Like a KIRIGIRISU――“保障のない人生”を安心して生きる方法
伊藤氏貴
No.3151 ・ 2014年03月22日




■「私の周りで、去年だけで卒業前の学生が二人も自ら命を絶ってしまいました。就活がうまくいかなかったということもあるんでしょうが、それ以前に、彼らが本当に自分の好きなことを見つけていれば、そんなことにはならなかったのではないかと。人生を楽しむための、ほんの少しの『コツ』をつかんでほしいと思って書いたのがこの本です。『保障のない人生』なんて生きていけないという判断は絶対にしないでほしい」
 『Like a KIRIGIRISU――“保障のない人生”を安心して生きる方法』を著した伊藤氏貴氏はそう語る。伊藤氏は文芸評論家として活躍しながら、明治大学で教鞭を執っている。『アリとキリギリス』のリライトの歴史にも本書では触れられているが、上手くリライトされ、日本では勤勉さの象徴として流布されてきたことがよくわかる。
 「『アリとキリギリス』については、当然のようにアリとして生きるのが善いとされていますよね。でも、あれを読んだら、絶対にキリギリスの方がかっこいいだろうと私は思うんです。私が知っていたのは今のリライトされた『アリとキリギリス』ではなくて、キリギリスが最後には死んでしまう話ですが、それでもキリギリスの方がいいですよ。どうせいつかは死ぬのだから、好きなことをやった方がいい。
 でも、好きなことが見つからないというのが現代の若者の抱える大きな悩みでもあると思います。この本は『こういう風にすればいい』という答えは載っていない本なんです。直接的なアドバイスは載っていません。どんな自己啓発本を読んでも、『こうすればこうなる』と言われた通りにやっている限りは絶対に自分は変われない。どう変わるかを自分で考えなければならないと思うんですね」
 もちろん、「好きなことをする」のは「楽をすること」ではない。寓話には描かれていないが、キリギリスとして大成するのにも、当然ひたすらにコツコツとひとつのことに打ち込む姿勢は必要なのだ。
 「『好きだから』こそ、他のことを捨ててでもひとつのことに打ち込めるんですよね。そういう生き方でいいんじゃないかと思うんです。萎縮してしまって、ひたすら皆と同じことをあれもこれもやらなきゃいけないという強迫観念的なものを、若者から強く感じますよね。八方美人的にすべてを少しずつやって、周りの顔色を窺ってと。だからものすごく真面目ですよ。だけれど、『いいことをする』ではなくて『悪いことをしない』だけなんですよ。それって行き着くところは、言われたことだけをやって、他は何もしない方がいいってことになりますよね。それでいて、『将来はクリエイティブなことをやりたい』と言う若者は多い。今まで言われたことだけしかやってきていなくて、どうやってクリエイトできるんだろうと不思議です」
 社会の責任、個人の責任、両方あるのだろう。社会的には、一度失敗をしてしまうと、もう元のレールには戻れないどころかストンと奈落まで落とされてしまい、今までのことは水の泡となってしまうように見える。しかし本書にも書かれている通り、そもそもアリとして勤勉に暮らしてもその先には必ず幸せが待っているとは限らない。こと現在の日本においてはそうだろう。
 「『ゆとり世代』のあとは『さとり世代』なんて言われますが、あまりその差は感じないですね。『さとり』と言っても、当然、煩悩を断ち切るというお坊さんのさとりとは違います。『希望は失望の母』なので、彼らは失望しないために希望を持たないと言えるのでしょうけれど、それは生きていてつまらないんじゃないかな。自分の欲しいものは誰も持ってきてくれませんから。この本でも書きましたが、先の見えないアリの巣のような状況から、頭ひとつ上に出して、『出過ぎた杭』になってみると見えてくることがあるんですよ。大企業の経営危機が報じられるのを見ても、アリとして頑張ったから安心というわけではまったくないですから。会社に寄りかかっていれば何とかなるという考えはとっくに捨てているべきなのに、まだその部分については、誰かが何とかしてくれると思っているように見えますね。
 そうは言われても怖くてなかなかできないでしょうから、この本では多くの人を引き合いに出しています。各方面から五人の方に協力していただき、彼らがどうやって今の自分になっていったのかとインタビューをした模様を載せています」
 伊藤氏がインタビューしているのは、漫画家の黒田硫黄氏、プロデューサーの吉見鉄也氏、国際弁護士の湯浅卓氏、アナウンサーの桝太一氏、映像クリエーターの冨士川祐輔氏、いずれも各界の第一線で活躍する人物たちだ。また、石川啄木、太宰治らのエピソードも本書には織り込まれ、文芸評論家としての伊藤氏の本領発揮たる一面も垣間見ることができる。
 「ここに出てくる誰も、すぐに成功をつかんだわけじゃなくて、いろいろ挫折や紆余曲折があるんですよね。でも好きなことを見つけて貫いた。太宰なんてまさしくキリギリスですよね。さんざん滅茶苦茶なことをやっても憎まれなかったのは、やはり彼とその作品に読者が惚れているから。だから本を買う。キリギリスのヴァイオリンを聴くために、アリたちがこぞってチケットを買い求めるということなんです。そうなれたらいいですよね」
 とは言え、当然誰もが「キリギリス」として活躍できるわけではない。
 「アリを選ぶのかキリギリスを選ぶのかも、自分で選んだという自覚があればどちらでもいいんですよ。でも、自分はアリのように働くしかないんだとは思わないでほしい。とにかく一度外に出て、アリ以外の世界もきちんと見てみる。好きなことが見つからないとすれば、好きかどうかはわからなくても、ちょっとでもいいなと思ったらやってみる。手近なものでいいんですよ。一歩外に踏み出さないと、本当に好きかどうかはわからないですから。本やCDの『ジャケット買い』、つまり内容ではなくて表紙だけを見て買ってみることってあったじゃないですか、あれと同じです。失敗もするけれど、そのなかでどれが自分に合うかだんだんわかってくるから、ある程度は繰り返さなきゃいけないんですよね。失敗してから悩めばいい。失敗したって、死ぬほどの失敗なんてそうそうないんですから」







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