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評者◆川成洋氏 『ジャック白井と国際旅団』を出版した
スペイン内戦に義勇兵として参加したジャック白井の実像とは?――白井と同郷の著者が世界各地に取材したノンフィクション作品
ジャック白井と国際旅団――スペイン内戦を戦った日本人
川成洋
No.3149 ・ 2014年03月08日




■英文学者でありスペイン史に関する著作も多数ある川成洋氏の『スペイン戦争――ジャック白井と国際旅団』(朝日選書)が、四半世紀ぶりに改題、新版として復刊された。一九三六年に勃発したスペイン内戦に義勇兵として加わった日本人、ジャック白井の実像を追い求めたノンフィクション作品だ。
 「私は英文学を研究しておりましたから、スペイン内戦に向かった部隊の中でも作家や詩人が多かったイギリス人大隊のことに関心がありました。ロンドンのチャリングクロスの古本屋街でイギリスの国際旅団関係の本をたまたま見つけたのですが、そこに日本人義勇兵のことが書かれていたのです。「えっ、こんなやついたの?」というのが執筆のきっかけなのです」
 研究室に閉じこもって書かれた研究書ではない。イギリス、アメリカ、アイルランド、スペインに飛び、取材したドキュメントだ。義勇兵とは、すなわちプロの戦闘員ではない。そんな彼らをスペインへと駆り立てた熱情がひしひしと伝わってくる。
 「ジャック白井について調べるうちに、こういう人間のことについて記録を残さないといけないと思った。理想とか理念のために命をかけ、もしかしたら自分の力で歴史が変えられるかもしれないと思えた最後の時期……。現実には変えられませんでしたよ。でもそう思えた。つまり歴史の青春といわれる段階がスペイン内戦で終わったのです。今はみんなしらけていますよね? だからこそ、こういう人たちがいたということを伝えたかった。やっぱりかっこよかったんですよ。鉄兜のかぶり方も知らなければ銃の扱い方もよく分からない、兵隊としては屑みたいだったかもしれない。だけどかっこいいんだな」
 さらなるシンパシーを吐露する。
 「今の時代から見れば、無謀な戦いと見えるかもしれません。しかしあの時代に生きていた人は、本当に一寸先も見えなかった。打算もへったくれもない。〝それしかない〟、そういう戦い方だった。確かに政治的な側面もあったが、人間はどう生きるべきかということを突きつけたのです。有名な作家や画家が共和国側の戦列に就くなど、文化的な戦いでもありましたね」
 函館付近で孤児として育ち、船乗りを経てニューヨークでコックとして働いていた白井。そこで彼は、日本語ができない日本人として差別されていた。
 「理想のために戦おうとかそういうことではなく、はじき出されたのでしょう。義勇兵に参加しようと思った本当の理由は分かりません。白井が所属していたリンカン大隊の大隊長オリバー・ローは黒人でした。黒人の詩人のラングストン・ヒューズは、「アメリカ建国以来、白人と黒人の混成部隊で、はじめて黒人が指揮官となった」と書いています。白井にとってスペインは、ニューヨーク時代のような差別が全くなかった世界だったのです」
 炊事兵として活躍するも、しかし白井は一九三七年七月一一日に敵弾を受けて死亡してしまう。
 「義勇兵の多くが亡くなりました。生きて自分の国に帰っても、負傷のため、あるいは「アカ」だのと社会的にも差別された。白井が生きて帰ったとしてもきっと同じ辛酸をなめざるをえなかったと思います」
 全編を通して印象的なのは、直属の上官だったアル・タンスをはじめ、川成氏が取材した人々は実によく白井のことを覚えているということだ。
 「それはね、白井はコックさんですから。大隊の中で食事を作る人は少ない。だから皆よく覚えているんですね。食糧を扱う兵站部は前線から離れている。そこはケガをした兵隊の休憩所にもなり、やがて死体置き場になる。白井としてはたまらないわけです。だからこそ戦友の死は自分の凶弾死と同じだったのですよ」
 本書を一級の歴史ドキュメントたらしめているのは、白井に寄り添いながら、同時に義勇兵を賛美する視点に偏らない客観的な視点で描かれているからと言ってよい。
 「一定の距離を取らなければならないということに常に気を配りました。ほれたら書けない。そうかといって離れてもいけない。その意味で非常に難しかった。だからこれは〝国際旅団万歳〟の本ではありません。内部の大変な裏切りなども含めて、その終焉まで全部描きたかった」
 読者へのメッセージをお願いすると、しばらく沈黙してからこう答えた。
 「あのね、実はむしろ若い人の感想を聞きたい。今、状況的に、日本はますます閉鎖的になり、しゃべるよりはしゃべらないほうがいいというようになっています。そういうことにイライラしている若者も多いと思う。そういう人たちが、この本を読んでくださって、どういう感想を持つかが気になります。私のメッセージはすべてこの中に詰まっています。本書に込めた思いは、そう簡単に一言では要約できないのです」
 無名の義勇兵ジャック白井は、自分の人生が本として出版されるとは夢にも思わなかったはず。実は白井と川成氏には共通点がある。「白井と同じく私も道産子でね」。一冊の古本との遭遇が既に偶然ではなく必然だったのではないか。その意味で書かれるべくして書かれた一冊と言えよう。







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