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評者◆殿島三紀
死ぬ気になればなんでもできるぜ!――監督 ジャン=マルク・ヴァレ『ダラス・バイヤーズクラブ』
No.3148 ・ 2014年03月01日
『フォンターナ広場 イタリアの陰謀』『鉄くず拾いの物語』『小さいおうち』『光にふれる』『ダラス・バイヤーズクラブ』等を観た。
『フォンターナ広場~』。マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督作品。1969年ミラノで起きた銀行爆破。当時、現場で事件を目撃した監督がこのイタリア最大の未解決事件に迫る。 『鉄くず拾いの物語』。ダニス・タノビッチ監督。02年『ノー・マンズ・ランド』でボスニア戦争をシニカルに描いた彼が今回は現在のボスニア・ヘルツェゴヴィナに存在する貧困と差別を撮る。 『小さいおうち』。山田洋次監督。戦前の中流家庭の奥様の不倫を描きながら、知らぬ間に戦火に呑み込まれていく昭和という時代を巧みにあぶりだした。 『光にふれる』。チャン・ロンジー監督作品。台湾の盲目のピアニスト、ホアン・ユィシアンを描写。ウォン・カーウァイが惚れ込んだだけあって映像もストーリーもあたたかい。 今回ご紹介するのは『ダラス・バイヤーズクラブ』。アメリカ映画だ。名もない人間が不正に立ち向かい、社会を変えていく。『エリン・ブロコビッチ』(00)や『ミルク』(08)もそんな映画だった。案外ファンが多いジャンルだ。エリンなどはミス・パシフィック・コーストに選ばれる程の美人で、3人子持ちのシングルマザー。そんな彼女が大企業相手の環境闘争に飛び込んでいく。ミルクはゲイであることをカミングアウトしつつマイノリティのために闘い、暗殺された政治家である。一方、本作の主人公は根っからの女好き、そして、賭けごと好きなテキサスの電気技師。キャラクターとしてはヤクザなおっさんだ。だが、彼もまた未承認AIDS治療薬の密売組織「ダラス・バイヤーズクラブ」を立ち上げ、80年代当時、偏見と絶望の中で死に向かうしかなかった多くのAIDS患者を救い、医師会や国の医療政策に刃向かい続けた男なのだ。 主人公のロン・ウッドルーフはHIV陽性で余命30日の宣告を受ける。当時、大スターのロック・ハドソンがAIDSを発症、ゲイであることを公表したこともあって、ゲイ=AIDSという偏見が一挙に拡がった時期だ。「俺はゲイじゃねぇ! AIDSになんかなる訳ないんだ」。そんな無学なスケベ男がインターネットのない時代、図書館に通い詰め、マイクロフィルムに記録されたAIDSに関する記事を調べ、アメリカで唯一入手できる治療薬を知る。例のごとくこずるい手段で薬を手に入れるが、その毒性を身をもって体験。死に物狂いで対抗策を調べ、メキシコから身体に負担の少ない未承認薬を持ち帰り、他のAIDS患者にも捌き始めたのだった。もちろん施しなんかじゃない。ロンはそれほど善人ではないのだ。だが、未承認薬の売買は犯罪。そこで考え出したのが会費をとって会員を募り、会員には無料で薬を配るというシステムだった。追い詰められたらなんだって出来るゼ。ベーベー! なのだ。同病を病むおかま……、あ、トランスジェンダーといわねば。そのトランスジェンダーのレイヨンと協力し、ゲイの会員も増やしていく。ロンは薬を求め、ヨーロッパ、日本と世界中を飛び回る。これでもか、これでもか、と歯切れよく事実を積み重ね、観客をひきずりこむのはモントリオール出身のジャン=マルク・ヴァレ監督。監督もなかなかなのだが、注目は、本作のために21キロも体重を落としてロンを演じたマシュー・マコノヒー。終盤、製薬会社や国の医療政策、医師会の悪辣さを訴える鬼気迫るロンには息を呑む。ゲイなんて気持悪い、好きなのは女だけという男が科学者以上にデータを調べ上げ、哲学者以上に論理を駆使し、いかなる弁士よりも心揺さぶる演説をするのだ。ロンは余命30日と宣告されてから自らの力で7年を生きた。圧巻の実話である。 (フリーライター) ※『ダラス・バイヤーズクラブ』は、2月22日(土)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国ロードショー。 |
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