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評者◆秋竜山
文庫本が先か、ポケットが先か、の巻
No.3148 ・ 2014年03月01日




■丸谷才一『別れの挨拶』(集英社、本体一六〇〇円)に、〈文庫本好き〉というタイトルの短い文章があった。簡単で明瞭なタイトルだ。字面からして活字が光っていた。いきついたタイトルか。それとも、まず最初に浮かんだのか。どんどん突き詰めていくと、〈文庫本が好き〉と、ひとことになっただろう。勝手の推測だ。著者の愛情のようなものが伝わってくる。
 〈わたしたち日本人は文庫本のあの判型が大好きだ。新書本の判型だって嫌ひぢゃないが、文庫本のサイズのほうがもっと気に入ってゐる。〉〈江戸後期には小本といふものが流行した。小ぶりの木版本で、漢詩や和歌や俳諧の集を出すのである。袖珍本と称して、ちょいと出かけるとき懐中にしのばせるのに向いてゐる。そして、かういふ下地があったからこそ、近代にはいってから、文庫本が国民全体に受けたのだと思ふ。〉(本書より)
 まず、最初の発想は、洋服のポケットではなかったろうか。あのポケットにおさまるサイズの本をつくろう!!文庫本が先か、ポケットが先かとなったとき、ポケットが先ではないかと思えるのだが。文庫本の普及の要因は背広のポケットにあったと思うとたのしくなってくる。背広のポケットに入れる文庫本を買おう!!なんてステキだ。これも勝手な推測だ。背広の胸元についている、あの小さなポケット。なんともミリョク的だ。もしかすると私は、あの小さな胸ポケットにあこがれて初めて背広を仕立ててもらったのかもしれない。中学を出て東京の洋服屋で修業した村の娘さんが初めてのくらいに注文された背広の仕立てであった。私は胸元の小さなポケットに手帳を入れたかった、などとはいわなかった。初めての手帳であった。手帳にみあった小さなエンピツ。ヒモがついていた。おもちゃのようでもあった。まだ子供を卒業としきれない田舎の少年が胸ポケットからちょっとのぞいている手帳の存在に大満足した。手帳が顔を出していなかったら意味ない。背広そのものもそうであったが、その胸元のポケットの手帳に大人になったような気分がしたし、見ためが知的さを感じさせた。もちろん自分だけの大満足であった。女にモテるかもしれないと秘かな胸のときめきも「なによ、それ、やぼったいわね。バカみたい」のひとことでかたづけられてしまった。後でわかったことは、私の性格であった。私には手帳などにメモをするなどということのできない、めんどくさがりであったということであった。
 〈日本人の小さいもの好きにゆき着く。これはわたしの持論なのだが、(略)縮み志向なんてからかはれるが、日本人は一体に小ぶりなものに目がない。たとへば盆栽。あれは庭木あるいは森林のミニチュアである。箱庭もこれに似てゐる。それから雛道具。小さなお膳の上に、小さな御飯茶碗だのお椀だのその他いろいろの器が並んである。〉(本書より)
 そーいえば、昔の本や新聞の文字の小さかったこと。今、みると、こんな小さな文字を読んでいたのか、考えられないくらいだ。お年寄りのために、と大きな文字に変えられたという。昔のお年寄りは読んでいたのに。文句いいながら読んでいたのか。夜の裸電球の薄暗い中で、読んでいたのである。でも、あの小さな文字はなつかしい。







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