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評者◆内堀弘
学校時代の彼――膨大な教育資料コレクションの終わり
No.3148 ・ 2014年03月01日




■某月某日。雑司ヶ谷で画家の林哲夫さんと装丁家の多田進さんとのトークイベントがあった。それが終わり、林さんと池袋へ歩いていると、鬼子母神のちょうど裏のあたりに出た。「ボン書店、あそこにあったんですよ」、私が指をさした。街路灯に照らされた、今は小さな駐車場になっている一角だ。林さんが「おお」と少し驚いてデジカメを取り出した。
 ボン書店は昭和の初めのプライヴェートプレス(個人出版社)で、鳥羽茂という青年が印刷屋をしながら先端の詩集を作った。そして三十歳を前に亡くなる。
 もう八十年も前に潰えた小さな夢の跡を、林さんと二人でしばらく眺めた。
 去年の暮れから今年にかけて、古書の入札会で教育書の膨大なコレクションの売り立てが続いている。旧蔵者のNさんは、古本屋の間では名の知られた人だった。長年にわたって教育資料を蒐め、即売会でも取り置き品は山のように積まれたものだ。明治時代のお遊戯の本、旧制中学・高校の校友会誌、校友名簿、全国の尋常小学校の文集から旧植民地の教育資料までとにかく幅が広い。資料館を作るとか、叢書を編まれるとか、なにか目標があるのだと、私は思っていた。
 ところが、その全てを整理された。中には二十年前、三十年前に購入したときの値札や即売会の抽選票がそのまま付いたままのものもある。
 あの途方もない蒐書はいったい何のためだったのか。
 入札会に並んだ膨大な文献の中から、私は旧制岡山第一中学校の資料を探した。ボン書店の鳥羽茂がここに通っていた。当時の資料は戦災で焼失していて学校にもない。
 数万冊の中から、岡山一中の同窓会名簿(昭10)を見つけた。くたくたになったが、しかし、探せばそんなものもあることに驚いた。
 昭和五年の卒業生に、鳥羽茂の名前があった。実家(通学時)の住所は不明となっていて(一家は離散したのだった)、現住所が鬼子母神のそばになっている。林さんと眺めたあの場所だ。新しい発見ではないが、でもこれが彼がこの世にいた気配だ。
 教育資料といっても、実は汎用性はとても広い。作家や画家の評伝でも、学校関係の古い資料にあたる。だが、旧制学校の冊子や寮の部屋割名簿までを揃えている機関などどこにもない。丹念に蒐書された幻の図書館が一つ消えたようだった。







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