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評者◆宮下すずか氏
活き活きと動き出す文字たちによって繰り広げられる不思議な世界
にげだした王さま
宮下すずか
とまれ、とまれ、とまれ!
宮下すずか
No.3148 ・ 2014年03月01日





▲宮下すずか(みやした・すずか)氏=長野県生まれ。学術専門書の出版社に勤務。「い、ち、も、く、さ、ん」で、第21回小さな童話大賞を受賞。著作に『ひらがなだいぼうけん』(第19回椋鳩十児童文学賞受賞)、『あいうえおの せきがえ』などがある。

 夜になると本の頁に印刷された文字たちが自由に動き出し、会話をしはじめる。ときに笑ったり、喧嘩をしたり仲直りしたりして朝になるとまた元通り。人間に見つからないところで彼らはひっそりと、しかしいきいきと活動している。二〇〇四年に「い、ち、も、く、さ、ん」で第21回小さな童話大賞を受賞し、同作収録の『ひらがなだいぼうけん』(偕成社)によって二〇〇九年には第十九回椋鳩十児童文学賞を受賞した宮下すずか氏の新刊が、くもん出版より「ことばはともだち」シリーズとして二冊同時に刊行された。『にげだした王さま』『とまれ、とまれ、とまれ!』である。
 宮下氏は学術書の出版社勤務の傍ら執筆をしている。「そもそものはじまりは二〇〇四年の「い、ち、も、く、さ、ん」でした。当時手がけていた書籍の編集がとても難航してしまいまして……、その本の文字、活字たちが死んでいるように感じられたんです。でも、そうじゃない、そんなことではないはずだという強い思いがあって、文字が本当に生きているというお話がひらめきました。本来、活字というのは表現するための記号でしかないですよね。でもその活字たちに運動能力を持たせてぴょんぴょん飛び跳ねさせたら面白いなと思ったんです」。勤務する出版社では古書も扱っている。「三百年、四百年前の本を目にすると当時の息遣いを感じるんです。活字というのが時間を経ても生きているんだなと。そうしたことを仕事柄目にしたり、手にしたりしてきたことも影響しているのでしょうね。一番よかったと思っているのは、編集者という立場で本と接してきたことです。というのも、読む、編む、書くという三つの立場から本を捉えることができます。編集者の立場も、作家の立場もわかるのでいいこともあれば、悪いこともあるんですけどね。この締切はすこし早く設定しすぎなんじゃないかなとか(笑)」
 小さな童話大賞は毎年賞を狙って応募していたわけではなく、初めて応募していきなり大賞をとってしまったのでとても驚いたのだという。そして受賞作収録の『ひらがなだいぼうけん』が刊行されると今度は椋鳩十児童文学賞を受賞する。二〇〇四年の受賞後、単行本として刊行されたのは二〇〇八年。その間にもすこしずつ書き続けていた。「受賞したものの、どこからもお話がきませんでした。むしろ佳作の人のほうに書籍化の話があったそうですよ。わたしのはどうも理屈っぽいようでどこも見向きもしてくれませんでした(笑)。そんなとき偕成社さんを紹介してくださる方がいて、絵をつけて出しませんかというお話をいただいたんです」
 「絵本」と呼ばれてしまうことが多いそうだが、これらは「幼年童話」だと宮下氏は言う。
 「絵本というのはことばよりも絵のほうに重きが置かれていて、絵ありきでことばがそれについています。絵本を卒業した子どもたちがやがて読み物へと移行していく橋渡しのような存在が幼年童話と呼ばれているんです。わたしの描く物語はだから絵がなくてもお話がわかるようになっています。そこに絵をつけていただくことで物語の世界により入りやすいように補強していただいています」。言われてみれば確かにその通りだ。絵よりもことばに重きがある。
 それでは宮下氏は幼少のころどのような絵本、童話を読み親しんでいたのだろうか。
 「わたしの子どものときは絵本の数もそんなに多くはありませんでした。ですからアンデルセンやイソップやグリム童話、日本昔ばなしや伝記などを読んでいました。いまはあんまり多く出過ぎていて選ぶのに苦労するでしょうね」
 加古里子や椋鳩十も好きな作家だという。「加古先生の『おはなしのほん』や『だるまちゃん』シリーズが大好きです。絵と文章ともに書ける方で、しかもどちらも素晴らしい。ずっと長い間愛されつづけて版を重ねていますよね。二〇〇八年に神奈川近代文学館であった展覧会にも足を運びましたが、そのときおばあちゃんとおかあさんとお孫さんで来ている方々を見かけたんです。三代でともにひとつのことを語れるというのは本当にすごいことだと思います。できることならわたしも流行にのらず、息の長く愛されるお話を描いていきたいです」。椋鳩十児童文学賞を受賞したことがきっかけで、縁の土地である鹿児島に何度も訪れている。「椋先生はとにかく観察をして、しっかりと取材をされて描く方です。地に足がついていて描いていることにぶれがないんです。尊敬する作家のひとりです」
 年末の新刊二冊につづいて二月は偕成社から『漢字だいぼうけん』が刊行された。そして、くもん出版の「ことばはともだち」シリーズからはもう一冊、三月末に刊行される予定だ。タイトルは『カアカアあひるとガアガアからす』。今度の文字たちはどんな活躍をするのだろう。「いつか、絵も文章も自分で描いた童話を出版するのが夢です」。そのとき、文字たちはどのように描かれ、どのような表情でわたしたちの前に姿を見せてくれるのだろうか。
 今宵も文字たちは人知れず動き回っている。眠りにつくたびそんな想像をしてしまう。







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