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評者◆三上治
アメリカをめぐる議論――現在にも残るアメリカ論は江藤淳のものくらいではないか
No.3147 ・ 2014年02月22日




(3)「貧困」と「豊かさ」と

 今でも海外では人気のあるらしいテレビ番組がある。「おしん」である。ある番組の中で辺境の人たちが日本語を知っているのに驚いて、なぜと聞いたら、「おしん」を見ているからだ、と答えていた。日本の高度成長以前のようなアジアの国々で「おしん」が人気を博していることは前から伝えられてはいたが、それはまだ続いているのだろうか? 日本でのリメーク版はあまり人気がなかったらしいが、「おしん」が作られたのは1983年である。だが、この時代の日本はもはや「貧しさ」が社会的な主題にならなくなっていて、その意味では「おしん」は貧しかった過去の回想として多くの人が楽しんだ物語だった。日本人の社会的な主題から貧困が失われていくのはいつ頃と特定はできないが、「おしん」の現れた頃がそうだったことは確かだ。同時に「豊かさの問題」などが出てきていた。この時代に提起されたことは高度成長に伴う幻だったのか、現在でも引き続き存在しているのか明瞭でないが、確かなのは新しい時代の予感を多くの人が抱いたことである。
 僕はこのころアルバイトで食いつないでいたが、編集・企画のようなことに手を染めていた。それで石川好の対談本を企画した。鮎川信夫×石川好の『アメリカとAMERIKA』、中上健次×石川好『アメリカと合衆国の間』、栗本慎一郎×石川好『死角の中のアメリカ』として出た。石川好は『カリフォルニア・ストーリ』や『カリフォルニア・ナウ――新しいアメリカ人の出現』など、独自のアメリカ論をひっさげて登場した気鋭の批評家だった。兄をつたってカリフォルニアに移民し、その体験をもとにしたアメリカ論を展開していた。彼のアメリカ論に興味を引かれたこともあるが、アメリカの動向(日米関係)や論議に思想的な刺激を受けていた。このころがピークだった日米の経済摩擦の行方もあったが、無意識も含めてアメリカ的なものを模倣しようとしていた自分たちの世界(戦後的世界)を見直そうということが強くあった。アメリカは戦後の日本にとって最大の鏡のようなものだった。それはソ連(当時)とも、中国とも、またヨーロッパとも違う位置を持つものだった。その政治やイデオロギーに対する批判とは別に文化や生活に魅せられるものがあったのだ。アメリカやアメリカ関係の見直しは、戦後の日本の見直しでもあり、多くの議論が出されてもいた。
 江藤淳の一連の「戦後史の書き替え」として展開されていた論評もその一つだった。彼は戦後のアメリカの日本人への洗脳がもたらしてきた問題をいろいろの角度から取り上げ、その批判的展開をしてきたのだが、日本国憲法(戦後憲法)批判はその最たるものだった。戦後のアメリカ占領政策が日本人の言語空間を拘束してきたことへの批判が眼目にあった。『落ち葉の掃き寄せ』、『一九四六年憲法 その拘束』など著書は多いが、アメリカの占領政策批判を戦後史の書き替えとしてやろうとしていた。保守の思想家であったが三島由紀夫には鋭い批判を持っていた。彼の行動を「病気」と批判していた。この頃に出されたアメリカ論議で現在でも残るのは彼の作品くらいである。

(4)中上健次と石川好の対談

 中上と石川の対談は石川の希望で実現した。86年の夏ごろだと記憶する。新宿のゴールデン街の奥の方にあった「青つゆ」という飲み屋で行われた。そのころ飲みに出かければゴールデン街には必ず寄るというのが習慣のようになっていたが、中上もまた、「まえだ」などよく出入りしていたらしい。僕は中上の作品をよく読んではいたが、直接の面識はなかった。彼と親しく付き合うのはこの対談からである。対談の最初の回は中上がなかなかあらわれずに難航したが、彼もアメリカのことには関心があって対談はおもしろかった。アメリカでの中上の生活などは色々の報告があるが、彼にはなじめないところも多く、そこは韓国などとは違っていたように思う。このころ中上は都はるみを主題にした『天の歌 小説都はるみ』や『奇蹟』を書いていた。都はるみはこのころ歌手を引退していたが、はるみの熱烈なファンでもあった中上は彼女の歌手復帰を望んでいた。また『奇蹟』は『千年の愉楽』の系譜にある作品であり、このころ『朝日ジャナール』に連載されていた。
 87年の御燈祭だと思うが、中上に招かれて参加した。この年は中上の後厄にあたっていて、厄祓いの儀式もあって多くの人が招かれていたようだ。今になって思うとなかなか味わえない愉しい出来事だった。御燈祭は火まつりともいわれるが、彼が書きおろし、柳町光男監督で映画化された『火まつり』がある。
 この祭りというか、行事に参加できるのは男に限られる。上がり子と称される参加者は白装束に身をつつみ、五角形の角材を持ってまず街にくりだす。上がり子同士が出会えば、角材でたたき会う挨拶をする。時には喧嘩になることもあるらしい。僕は、子供の祭りには喧嘩はつきもので、日頃から喧嘩の準備をしていたことを想起した。最近は取り締まりもうるさくなっているのだろうが、その気風が色濃く残っているのにこころが揺さぶられた。振る舞い酒が家の前に置かれていて、いかにも町あげてのお祭りらしかった。同じ白装束なのでグループからはぐれて迷子になり、中上には心配をかけたらしいが、これはこれで少年期の祭りを思いだして楽しかった。「路地」が解体されたように、祭りもいろいろの形で魂の骨抜きが進んでいるのだろうと想像しえるが、それでもここにはまだ、原初のエネルギーというか自然の匂いが感じられた。現在でも存続しているのかどうか定かではないが希有なことだろう。神倉神社から降り下るところでは、この祭りに参加していた古井由吉さんらと一緒だった。一緒にスクラムを組んで、火をつけた棒をかざして石段を駆け下りた。かなり急な石段であるが、怪我をしないのが不思議な気もした。
 このころ、相変わらず吉本の家には何かにつけて出入りしていた。憲法などを主題とする対談本の企画も進んでいたが、よく話題になったのが「24時間テレビ」のことだった。直接的にはタモリ・たけし・さんまのことが話題になったのだと思う。たけしと吉本の対談の話もあったのだと思うが、吉本は「24時間テレビ」に興味を持っていた。
(評論家)
(つづく)







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