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評者◆細川早苗(ブックス・みやぎ)
もしあのとき、○○していたら…
手のひらの音符
藤岡陽子
No.3147 ・ 2014年02月22日




■「もしあのとき、コンビニに並んでいる牛乳の消費期限が一日でも新しい方を買っていれば、お腹をこわすこともなかったかもしれない……」
 「もしあのとき、あの会社の入社試験に合格していたら、自分はもっと成功していたかもしれない……」
 「もしあのとき、○○していたら……」
 誰もが一度は人生の中で思う瞬間があるだろう。目の前の幸せに気づかず選んだことも、そして、すべては自分の選択で成り立った人生であることも重々承知なのだ。
 今回オススメするのは、「もし、この小説を読むことがなかったならば、自分の知らない、やさしさの形を知らずに生きていったかもしれない……」と思わせてくれた、藤岡陽子『手のひらの音符』(新潮社)である。
 服のデザイナーである瀬尾水樹45歳・独身の、大きな大きな節目の物語である。働いている会社が服飾業界からの撤退のため、彼女は失業。そんな時、高校の同級生からの電話で知らされた恩師の病気。そこから彼女自身の過去をひも解き、現在を直視し、未来へと繋がってゆく。ひさしぶりに、〈未来へと続く一筋の光〉が目の前に延びてゆくような気持ちになった。
 が、そんなに単純なものでもない。穏やかに、激しく、沈痛に物語は紡がれる。
 いつ人は自分の人生を自分のものとして考えるようになるのだろう。自分のものではない人生に出会ったときではないだろうか? この小説の登場人物たちみんなの「もしあのとき、○○していたら……」が絡み合ってゆく。
 いじめられる弟に、「みんなそれぞれ一人一人に闘い方があるんだ」と諭すお兄ちゃん。いじめられる弟のため、カメムシを食べるお兄ちゃん・その2。開校以来の秀才君。貧乏でもやさしかったお母さん。先述の高校の先生。それぞれのもしもが、いろんな何かを考えさせてくれる。
 人それぞれの自分の闘い方。私の場合はなんだろう? と考えてみる。具体的には出てこなかったが、〈笑い〉かな? と思う。うちの家族は、誰かが「アイス食べる~?」と聞くと、「ア~イいっスね~」と誰かが必ず言う。わかっていても一瞬顔がにやける。このくだらなさの積み重ねがいいと、大人になって気付いた。貧乏な家ではあったが、笑いはいつでもあったと思う。人間、笑えなくなったらお終いだと刷り込まれて育って今がある。
 なにがきっかけか思い出せないくらい、あんなに仲が良かったのに連絡を取り合わなくなって早10年20年なんてことがある。距離的な問題も大きいのかしれない。でも、はっきりした理由もなかったりする。なので、はっきりした理由がなくても、会いたい、会わなければならないと感じる人には会っておいた方がいいと、主人公とあまり変わらない年齢の人生の折り返しを始めた私は思った。
 人生は移ろいゆくもの。いろんな人から受け取ってきた何本かのバトン。欲を張ってずっと持ったままでいないで、全力で走った上で次の走者へと渡していこうと思う。そうしないと、次の新しいバトンを受け取る準備ができないのだから。







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