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評者◆秋竜山
私は私? あなたはあなた?、の巻
No.3146 ・ 2014年02月15日




■岡本裕一朗『思考実験――世界と哲学をつなぐ75問』(ちくま新書、本体八四〇円)。アレレ、思考実験だなんて、江戸川乱歩の小説にありそうなタイトルではないか。
 〈「思考実験」というタイトルから、どんなことが連想されるだろうか。もしかしたら、現実離れした空想話をイメージする向きもあるかもしれないが、むしろ本書の意図は、現代が提起する問題を、「思考実験」によって捉え直すことにある。〉(本書より)
 「思考実験」とは何か? 或る状況を表象し、生すべき或る結果の期待、そして表象に結びつける、というのである。本書で、それを展開させていく。「思考実験」が実に面白いことは本書の企画力である。たとえば、〈私はなぜ「私」だと言い切れるのか?〉と、いう思考実験・哲学は、ここから始まるようだ。これを面白がらなくては、哲学好きになれないだろう。なぜ? だろうから始まる。そして、なぜ? なぜ? が続く。「思考実験」は、「なぜ? なぜ? 実験」でもあるだろう。「私は私で、ある。誰がなんといおうと私は私である。それで充分言い切っているではないか。文句あるか」も、答えの一つかもしれない。でも、それでは、思考実験にならないのである。短気では思考も実験もできないだろう。「私が私であることを言い切れなかったら、私でないというのか。それじゃァ聞きますけど、そーいう、あなたは、なぜ「あなた」だと言い切れますか。さあ、答えてください」。まるで、マンザイのやり取りになってしまう。
 〈ふだんの生活で、「私とは何者なのか?」と問う人は、ほとんどいない。しかし、はたして私は「私」のことを、それほど分かっているのだろうか。〉(本書より)
 現在の「私」は過去からすっかり変化しており、まったく別人と考えてよい。などと、哲学的にはいえないこともないという。「人格の同一性」論というのがある。近代哲学の基礎だという。フランツ・カフカの小説「変身」(一九一五年)が、たんなる変身小説と違うのは、「人格の同一性」を考える手がかりになるというのである。ある朝、ベッドで眼がさめると、巨大な虫に変身した主人公。そこから、この奇妙な物語は始まる。読むと同時に驚かされる。この冒頭の一行で世界的に有名な小説になってしまったのだ。
 〈「変身」が基本的には「私」=グレーゴル・ザムザの立場から書かれているためだ。周囲の人にとっては虫に変わったとしても、本人としては、相変わらず以前と同じである。(略)ザムザの「身体は変化したが、心は変わっていない」〉(本書より)
 この物語の哀しさはそこにある。ホントに本人は昔のままのグレゴール・ザムザである。ところが、この息子のわけのわからない突然の変身に、家族の親父や母親までもが息子と思わず、虫としか思わなくなってしまう。親父は、リンゴまで投げつけたりする。妹だけが、昔の兄さんあつかいをして、せっせと食事を運んできてくれる。けっきょくは変身してしまった虫のままでザムザは亡くなってしまうのである。ザムザにとっては身体が虫に変身してしまったのなら、心まで虫に変身してしまったほうが、しあわせだったのだろうか。わからない。








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