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評者◆鳥居貴彦(恵文社バンビオ店)
沖縄からやってきた小さなリトルプレス
百年の食卓――おばぁとおじぃの暮らしとごはん
No.3146 ・ 2014年02月15日




■日々書店のレジに立ち、新しく入荷した本や次々と買われていく本を眺めていると、やりたいことがどんどん出てきて困る。海に出たい。日焼けがしたい。うまいものが食いたい。腰痛のない世界にいきたい。
 取次から送られてくる大量の段ボールからではなく、郵便物に混じって送られてくる小包から出てくる冊子は内容以上にいろいろなものを届けてくれる。小さなポストカード、となり町の新聞屋さんが刷るフリーペーパー、遠くの街から届く立派なフリーマガジン、そしてテーマも製本も版形も編集方法もさまざまなリトルプレス。そんないろいろな形で届く文章や写真を眺めながら、未来の予定はどんどん埋まっていく。遠くの街に行きたい、近くの街にも行きたい。知らない人にも知っている人にも会いたい。そして、本をつくってみたい。
 丁寧に封をされた包みからでてきた『百年の食卓』もそんな冊子のひとつ。はるばる沖縄からやってきた小さなリトルプレスからは、ただただ笑顔があふれている。やんばるに暮らすおばぁとおじぃのお昼ごはんを訪ねてまわる、ただそれだけのことがこんなに魅力的に映るのはなぜだろう。もちろんそこにはこれまで生きてきたおばぁとおじぃの歴史や想いがあり、今の生活がある。山に入る。釣り糸を垂らす。畑を耕す。そしてごはんをつくる。「いつも食べているようなお昼ごはんをいっしょに食べさせてほしい」とお願いしたはずなのに、お昼ごはんとは思えないほどのごちそうを精一杯つくり、みんなで食べることをたのしむおばぁの姿。いいな。60年後の予定まで決まってしまいそう。来月のフェア台の予定も立てられていないのに。
 この本から受け取る「やりたい」は、本に登場するおばぁやおじぃに会いに行きたいとか、お昼ごはんを食べさしてほしいとかいったこととはちょっと違う。こんなペースでいきたいな。自分が生きる環境の中で背伸びをせず、ないものねだりもせず、それぞれの好きを持っていたいな。そんなことだ。
 そんなおばぁやおじぃの生き方ができるのは、彼らが100年に近い歳月を過ごした沖縄という地域のせいなのだろうか。あの島にいったい何があるというのか。記憶の中の沖縄をたぐってみる。なんと言葉にしていいのかわからない独特の空気。ドライブインで飲んだ紙コップに入ったスープと、それを出してくれた無愛想な女の子。基地にへばりつくようにして広がる街で食べた顔の大きさほどもあるハンバーガー。居酒屋の壁にかかる見慣れないたくさんのメニューとそれを一生懸命説明してくれた人。だけどそんなに特別なことだっただろうか。テレビから流れてくるニュースとはあまりにかけ離れた記憶。もういちどあの空気を感じてみたい。休みは取れるだろうか。飛行機のスケジュールは。ホテルは。どこにいこう。なにを食べよう。
 そんなことをせわしなく考えながら、予定に追いまくられることもなく日々の暮らしとのんびり向き合うおばぁたちを追った一冊の本に目を落とし立ち止まる。ああ、そうだった。なにをやっているんだ私は。今から60年かけてたどり着ければいいんじゃないか。







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