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評者◆たかとう匡子
「文学の時代」を書き継いでいく仕事――中島妙子「椎名麟三『赤い孤独者』――三十九歳の遺書」(「姫路文学」)、新名規明「芥川龍之介の長崎」(「ガランス」)
No.3144 ・ 2014年02月01日




■『姫路文学』(姫路文学会)がこのたび富士正晴の名を冠した第五回同人雑誌特別賞を受賞したとのこと、地道な仕事が認められてうれしく思う。そのうえで、この雑誌の第127号の中島妙子「椎名麟三『赤い孤独者』――三十九歳の遺書」は百枚近い力作で、誠実な麟三体験として心打たれた。椎名麟三は姫路出身で、この点地元だけに研究者もいろいろいるが、ここでは戦後文学のなかでも代表作とされる一九五一年刊の一作にこだわって時代を検証するかたちですすめており、なるほどと共感した。今日でも第一次戦後派の代表的な作家として、椎名麟三は日本文学史のなかでも重要な位置を占めているし、見逃すことの出来ない作家でもあり、文学史的視点はこれから読まれるためにもとても大切だろうと思う。
 『ガランス』第21号(ガランスの会)の新名規明「芥川龍之介の長崎」は『奉教人の死』より先に書かれた短編の習作『ロレンゾオの恋物語』をとりあげて、独特な芥川論を展開しており、面白かった。芥川龍之介ともなると、いつまでも話題が尽きないらしい。文学が楽しい時代だったとはいえ、すでに没後九十年にもなる。現在の作家たちがはたして芥川のようにつながるだろうかと、多少は皮肉をこめて思うが、芥川はやはりインパクトが強い作家といえるだろう。芥川と長崎との関係を解きほぐして、追体験ともいえるドラマになっているが、芥川のキリスト教は宗教的対象というより異国風情緒といえるものだというあたりも、読後感として説得力があると思った。
 『雲』第16巻11号(龍書房)は全体的にも読みごたえがある雑誌だ。富田良彦「モウソウだけ」は古くからある言葉あそびの手法を使って、孟宗竹→妄想竹→妄想だけ、というふうに転位させる。妄想からは回想記になるが、洒脱型の文体でなかなか味がある。散文でこういう言葉あそびをしているのも珍しい例だと思う。また平田好輝「つかまった」は最後につかまえられた相手がアル中だったというのはオチとしてはちょっと弱いが、掌編としてオチとしてはこうするほかなく、何よりもテンポよく流れを作った文体の面白さを買いたい。
 『海峡派』第129号の加村政子「プライド」は日本の近代のなかにある封建的な遺物、共同体のなかにあるしがらみがテーマ。農家を継いだ次男と、嫁と姑、小姑たち、その連れ合いや姪などの人間模様は複雑で、結局三人が自殺することになる。この問題はまだこんなに材料があるのかと思うくらい、古いようでけっして古くない。地方の問題はまだまだ残っている。「陽次が死んでしまえば、もう実家には誰もいなくなった。家の跡取りもいない。広い家も田畑も山林も、いずれ廃れて無くなってしまうだろう」とある。同人雑誌のなかでこつこつと書き継がれているこういう仕事を大事だと思うし、私なりにしっかり見ていきたいと思う。
 『風土』第13号(風土社)の広瀬弘章「月と自転車」は主人公が何かあれば立ち寄る草むらがあり、そこにはサドルも錆びつき、チェーンもはずれた一台の自転車が放置されている。そこが安らぎの場所でもある。作者は自己体験風な流れを作るのに、この自転車のことを何度も繰り返す。詩でいうリフレインである。小説の世界でこんなふうにリフレイン効果が使われているのは面白い。おかげでつられて読まされた。
 『笛』第266号(笛の会)の砂川公子「幸せの定義――夏を仕舞う」は父母を回想している散文詩。父母という一つ上の世代を自分とどう連結させるか。「針をペンに ペンはキーボードに置き換えて 女の手仕事による運//動が ウォーキングに移ろうとも 浴衣にたすきがけの母さんが倒//れた 日のことは 語らずとも鮮明に憶えている」と、ここでは時代の推移が主題になる。戦後半世紀はなるほどこんなふうに動いてきた。物理的な実感とひとりの人間が人間であることによって生きることの、人ごとでは見えなくなったこういう問題は今こそテーマにすべきで、昔の手仕事を徹底して歌うのも、倒れた母さんのことを鮮明な記憶で歌うのも、今日の世の中がものすごいスピードで動いているときだからこそ、しっかり書くことが大事だと思った。
 『祷』第47号(祷の会)の霧山深「石榴」は梶井基次郎の『檸檬』を思い出した。ひとつの小さなオブジェから想像力をふくらますのはやはり基本。この詩は石榴を擬人化することで、そこからもう一度石榴のなかに情念を呼び起こす。社会が時代閉塞状態で、キナ臭く動いているときに、現実を見、苦しい胸の内のあがきのようなものをしっかり歌っている。
 ついでながら、『日本近代文學館』第256号(日本近代文學館)の井出彰「秋山駿さんのこと」は「その頃――」シリーズで、ご承知のように昨年亡くなった秋山駿の思い出を語っている。60年代から70年代の文学がそれなりにエキサイトしていた時代が秋山駿との出会いのなかにしみじみ出ていて、私には印象深かった。
(詩人)







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