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評者◆鳥居貴彦(恵文社バンビオ店)
シンプルで美しい本
ラヴ・レター
小島信夫
No.3142 ・ 2014年01月18日




■編集から営業、そして時には取材・執筆までたった一人でこなす出版社がある。そう聞くとやり手の男が都会のオフィスビルで作家に原稿の催促をしつつバリバリとパソコンをたたき、ひとたび営業に出れば数百冊の注文を集めて帰ってくるような、近寄りがたい姿を想像してしまう。
 いまや誰もが知るようになった夏葉社もそんな出版社のひとつ。先日、その夏葉社の島田さんにお会いする機会を頂いた。約束の時間ちょっと前に僕の前にあらわれた島田さんはなぜか高校球児のような坊主頭で、それもベンチのすみっこでスコアを付けているような風貌の愛嬌のある男だった。そして高知県のとある名物古書店のうわさや、夜の室戸岬の信じられない星の数のことを楽しげに話す。強面の編集者の想像は音を立てて崩れ去った。いや、もちろん僕にあわせてユルい話ばかりをしてくださっているのだ。申し訳なく思いつつもホッと油断していると、突然キラリと眼の色を変えて「本を作るときには、自分が読みたいと思ったものを買いたいと思える価格で出すんですよ。」と言い切る。名著を復刊したはいいが文庫本とは思えないような価格設定をするような出版社はバッサリ切る。どうしようもない会話に耐え切れずあふれ出した隠された本性をチラリと見た。わ、かっこいい。
 島田さんの手法は決して合理的ではない。一般には知名度のほとんどない作家であるバーナード・マラマッドの『レンブラントの帽子』や、関口良雄の『昔日の客』の復刊から始まり、全国の書店をその足で回り、取材したという『本屋図鑑』に至るまで、徹底して非合理的で、だからこそとてつもなく魅力的な本を作ってこられた。
 そんな本づくりに挑む夏葉社から出版された十一冊目の書籍、『ラヴ・レター』。小島信夫の晩年の作品を中心に九つの短篇を集めたシンプルで美しい本だ。島田さんが尊敬をこめて「ボケたような小説ですよ」と評する小島信夫の短篇。ストーリーは横道に外れ、記憶はあいまいで、文体は歪み、読者は何度も裏切られる。
 冒頭に収録された「厳島詣」では、小島信夫と思われる老小説家と旧知の詩人との会話を描く。二人の間でゆらゆらと交わされる言葉はあちらこちらへと脈絡なく飛び、そして唐突に終わる。電話を切ったときが終わりなのか、それとも詩人が受話器から離れたときにすでに会話は終わっていたのか、それすら解らない。読み手はただじんわりと染み出すように描かれる二人の関係を感じるだけだ。それが心地よい。
 ある意味で、読む人を選ぶ本だと思う。といっても一部の限られた読者のためだけにあるという意味ではない。たとえば二十代の読者と、八十を超えた読者が読んだとして、はたして同じ本と言えるのかどうか。よくわからない。もっと言えば、二十代でこの本に出会った人が、もし八十になってこの本を開いたとき、全く別の本になっていてもおかしくはない。そういう意味で読者を選ぶのではないかと思う。そして、二十代でこのような作品に出会えたことは将来の自分にとって、もしかしたら、とんでもなくしあわせなことなのかもしれない。







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