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評者◆竹原あき子
苦い味のするノスタルジーとなった日本紀行
「幸せな、なつかしさ」(La nostalgie heureuse)
アメリ・ノートン(Amelie Nothomb)
No.3141 ・ 2014年01月11日




■かん高い声で、「プルーストって日本作家よ!」とフランスのテレビ出版文化番組で主張したのはアメリ・ノートン。独特の黒い帽子をかぶり、ちょっとした魔女を装うベルギー生まれの、フランスで活躍する作家の主張は、小説『失われた時を求めて』の作者がプチ・マドレーヌを熱い紅茶に浸して食べた時、子ども時代の〝なつかしい〟記憶がよみがえったからだ、という。
 日本語の〝なつかしい〟とそれにほぼ相当するフランス語のノスタルジー(nostalgie)の間には大きな隔たりがある、とノートンは強調する。最新作のタイトルを『幸せな、なつかしさ』(La nostalgie heureuse)と名づけたのは、16年ぶりに日本を訪れた自身の体験を「なつかしい」とだけ語りたかったのに、結局苦い味のするノスタルジーに終わってしまったからだろう。
 とはいえ本書は、ベルギー大使の娘として5歳まで神戸に住み、帰国してから20歳で再度来日し日本の企業に就職し、その会社の人間関係をコミックに描いた小説が爆発的に売れたノートンが、フランスの出版社の企画にのって、テレビ取材班と一緒に16年ぶりに来日した旅日記だ。彼女は、神戸で育ててくれた乳母と再会し、幼稚園を訪ね、なぜかとってつけたように福島の被災地を訪れ、日本の出版社を訪問し、東京でモトカレと再会し、パリに帰るまでの独白の記録を本にした。
 乳母との再会の描写は胸をうつが、肝心のモトカレとの電話、会話、散歩、別れなどの部分はノートンのじれったさだけが際立ち、これといってドラマティックなストーリー展開はなかった。地位も金もあり、幸せな家族もそろっているハンサムなモトカレは冷静で、読者を夢中にさせる展開にはならなかったのだ。それだけ正直な記録だったともいえる。ただ彼女が出会った日本で有名な通訳者である女性との会話で、二人がかわすノスタルジーに関する記述が面白い。フランス語のノスタルジーは幸せな過去と関係がない、という。不幸がつきまとった過去に使う言葉だ、と。だが日本語のノスタルジー(なつかしい)は幸せだった過去を思い出す時に使う言葉。だから幸せだったなつかしい幼児時代の日本、そして今回の旅でも胸にとびこめなかったモトカレとの再会をノスタルジーとして語るしかなかった。
 本書がフランスで好調な売れ行きを示したのは、フランス語圏ではわかりにくい日本人の心の微妙な動きをやさしいフランス語で語り、日本理解を助ける一冊となったからだろう。2013年8月、発売時のフランス220店舗での新刊書9万タイトルのうち本書の売り上げは4位だった。
(和光大学名誉教授・工業デザイナー)







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