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評者◆志村有弘
戦後を舞台に苦学生の姿を綴る力作(永井孝史「贋学生」『碑』)――大掛史子の父への思慕と編集者の温情、そして格調高い追悼詩(『海蛍』『文藝軌道』)、原爆の傷痕や未来への不安を詠む短歌・俳句・詩
No.3140 ・ 2014年01月01日




■小説では永井孝史の「贋学生」(碑第101号)に感動。戦後間もないころを舞台に、運送屋の手伝いや新聞配達をしながら苦学生活を送る「私」。自校(大学)の野球の応援に行ったとき、角帽をかぶらず旧制中学の学生服を着ている自分は「贋学生」と見られ、配達仲間の少年から「天ぷら学生」と言われる。卒業時の追試験にも落ちるのだが、担当教授に直訴してなんとか卒業できるようになり、地方の高校教師として赴任するまでを描く。島尾敏雄にも同題の作品があるけれど、内容は異なる。人の世のやりきれなさ、ということではなんとなく松本清張の「父系の指」を想起した。地味な内容とはいえ、最後まで飽きさせない筆力を讃美したい。
 国府正昭の「蛇男と黄色い水」(海第88号)は、市井に誠実に生きる主人公と狡猾に生きる人物の姿が対照的に描かれている。佐脇誠司は教職を定年退職すると、団地の自治会長にされてしまった。団地から黄色い水(砒素など有害物質)が流れ出した。誠司は団地を購入した大幸ハウスにそのことを訴えた。前自治会長の進藤は息子が継承している工務店に大幸ハウスから自治会の集会所建設立替え費用を全額負担するとの申し出があったことを誠司に伝えてきた。源おじ(誠司の父の従弟)は誠司の父から二束三文の値で農地を買い上げ、そこは幹線道路となって源おじは想像を絶するお金を得、やがて市会議員の議長にまでなった。誠司の母はその源おじを憎み、怯えていた。死に近い母の幻覚の中に蛇が現われ、その顔は源おじであった。母よりも前に源おじが死んだことがせめてもの救いか。
 石井利秋の「家の中の小さな音」(小説家第139号)は孤独な日々を送る男女の恋を描く。二年前に妻(綾子)を亡くした山形岳志は、散歩のとき、妻と高校時代の同級生で、近所に住む由美から声を掛けられた。由美は十年前に夫を亡くしていた。由美と親しくなる前から、ときおり家の中で小さな物音がした。その音は妻の気配と重なる。由美との交流が始まり、山形は由美に共に暮らさないかと申し出た。そうしたことが記されているのだが、老いてからの再婚という躊躇逡巡、またプロポーズした一方で亡妻への愛を抱いている岳志の思いも静かに表現されている。佳作である。
 歴史・時代小説にも注目。小松文木の「夢六夜 京の五条の橋の上――夢十夜噺の内」(断絶第113号)は、「夢」と断っているけれど、『義経記』を主たる資料として鞍馬と五条の橋を舞台に〈異聞源義経・弁慶・常陸坊海尊〉とでもいうべき、読ませる作品を構成。作者の自由に飛翔する豊かな想像(創造)力を称えたい。
 河田兵蔵の「加江田城」(北第59号)は、一四〇〇年代の島津・伊東との戦いを綴る歴史小説。伊東配下の忍び助左の行動が印象深い。島津勢の若き部将のあっけない最期が逆に作品を印象深くしている。やや物語性に欠けるものの、重厚な作品を作り得ている。
 張籠二三枝の「三好達治 詩語り」(青磁第32号)が三国時代の詩人三好達治について、三好を知る人からの聞き書きや多くの文献を踏まえて詩人の姿を浮き彫りにした労作。小説とも評伝とも識別できない形式を採り、見事な文章で展開させる自由な詩語り。
 詩では、大掛史子の詩「編集者の恩情」(海蛍第8号)に感動。大掛は作家古川眞治の娘。高田太郎の蔵で発見された「中学生の友」から、戦後の困窮生活の中で作品を書き続けた古川の風貌と物書きたちを支えた浅野次郎・金澤一という二人の編集者の「恩情」を綴る。そして行間に滲み出る父への思慕。また、大掛の「かへりみはせじ―布留川洋子さん追悼」(文藝軌道第19号)は、不謹慎な言い様であるが、亡き詩人の心に思いを馳せる格調高い見事な哀悼詩。小山禎子の詩「水俣の青葉潮」(詩と眞實第774号)が水俣病の悲劇の今を語る。水俣の海が埋め立てられ「慰霊の丘になった」という表現が辛い。
 短歌では木田千女の「彼岸花」(天塚第216号)と題する「彼岸花千里先ゆく夫を呼び」がなんとも痛ましく、原久子の「ところどころに転がる死体をよけながら人ら歩みぬ焼跡の道」(塔第706号)という悲惨な戦争の光景にただ絶句。
 俳句では原爆忌を詠む作品が痛ましい。「耕」第309号掲載の重本泰彦の「ヒロシマ忌毛虫のごとく人焼かれ」、西村青夏の「一杯の水の尊さ原爆忌」。今、「ヒロシマ・ナガサキ・フクシマ」というカタカナ表記に、悲惨で残酷な原爆・原発事故等を想い起こして戦慄を覚える。その意味で、記述が前後するが、「海」第88号掲載の遠藤照己の「フクシマ詩篇」四篇の詩は未来への激しい恐怖を感じさせる。
 「限」が創刊された。同人諸氏のご健筆をお祈りしたい。「あるかいど」第51号が輕尾たか子、「豈」第55号が須藤徹、「別冊關學文藝」第47号が梶垣洋典の追悼号。ご冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)

▼天塚 〒611‐0042宇治市小倉町南浦八一の五 宮谷方
▼あるかいど 〒545‐0042大阪市阿倍野区丸山通二の四の一〇の二〇三 高畠方
▼碑 〒145‐0065大田区東雪谷四の四の一三 永井方
▼海 〒511‐0284いなべ市大安町梅戸二三二一の一 遠藤方
▼海蛍 〒262‐0046千葉市花見川区花見川七の二三の二〇四 鈴木方
▼豈 〒167‐0021杉並区井草五の一〇の二九 国谷方
▼北 〒120‐0026足立区千住旭町四二の二 北千住駅ビルLUMINE9F よみうり日本テレビ文化センター 北同人会
▼限 〒112‐0015文京区目白台三の一五の一七 目白台心理相談室内 限発行所
▼耕 〒467‐0067名古屋市瑞穂区石田町一の三六の七 耕発行所
▼詩と眞實 〒862‐0963熊本市南区出仲間四の一四の一 今村方
▼小説家 〒285‐0812佐倉市六崎一〇一七の四 石井方
▼青磁 〒918 ‐8072福井市北堀町一一の一九 定方
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▼塔 〒606‐0026京都市左京区岩倉長谷町三〇〇の一 永田方
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▼別冊關學文藝 〒540‐0037大阪市中央区内平野町二の三の一一の二〇三 澪標内
12月
▼早稲田大学法学部副専攻(歴史思想・表象文化)主催 アネット・ベッケル教授講演会「第一次世界大戦と作家・芸術家――言葉とイメージによる悲劇の表象化再考」(フランス語講演・逐次通訳付)
■日時 2014年1月9日(木)16時半~18時(入場無料・事前申込不要)
■会場 早稲田大学早稲田キャンパス8号館3階308教室
■通訳 久保昭博・関西学院大学文学部准教授
■連絡先 早稲田大学法学部塚原史研究室(8号館924)







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