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評者◆熊谷隆章(七五書店)
才能に出会うということ
世界でいちばん美しい
藤谷治
No.3140 ・ 2014年01月01日




■もし自分の今までの人生において、「せった君」のような天才に出会っていたらどうしていただろう。友達になれただろうか。そんなことを、思わず考える。
 雪踏文彦(せった君)というひとがそなえた美しさを、ひとことで語るのは難しい。
 せった君はピアニストであり、作曲家だった。つい先ほど、彼のことを天才と書いたが、この物語の中で声高にそう語られているわけではない。ただ、そのピアノが、音楽が、聴くひとの心を掴み、強く揺さぶる。そんなシーンがいくつも描かれる。その才能は鮮烈でまぶしく、そして人柄には邪気というものがない。掴みどころのなさに離れていくひともいるが、彼に近づこうとするひとの多くは、次第に強く惹かれていく。せった君の正直には、正直で返したくなる。美しさは、音楽だけに限らず、そんなところにも滲み出てくる。
 せった君と、この物語の語り手である小説家・島崎哲は、小学生以来の親友だった。
 物語の序章はクライマックスに近いシーンを部分的に先取りするかたちで始まり、その末尾の言葉にあるとおり、ひどく曖昧なまま、ひどく嫌な胸騒ぎを残して終わる。せった君の身に何があったのかは、しばらくお預けとなり、その後の本編は、時代ごとに書き留められてきた、彼についての記録――少年時代のせった君が音楽に魅せられてからの記録――として語られていく。
 中盤からは、ふたつの視点が交互に現れるようになる。語り手・島崎哲の視点以外のもうひとつが、津々見勘太郎という男のものだ。ここから、この物語の重みはぐっと増してくる。
 せった君と津々見勘太郎は、やがてあるものをめぐって激しく接触することになる。せった君の、音楽を軸にしたゆるやかな日常においては、まさに霹靂そのものだった。
 島崎哲と津々見勘太郎には、似たところがあった。ともに自分の可能性を多く見積って、芸術を扱うことを志向し、現実を醒めた眼で見るようなところがあった。同じように足踏みもした。しかし、島崎哲は小説家となり、津々見勘太郎は挫折と失意の果てに自我を歪ませていった。その行く末を分けたものはいくつか考えられるが、せった君の存在は大きかったのだろうと思う。才能に出会うということは、人生を変えるほどの稀有な体験なのだ。
 せった君は、名声に関心がなかった。自分には音楽しかない、生きていくためにはそれをお金に換えなければならない、と認識してはいたものの、ついにプロになることはなかった。クライマックスで描かれるせった君の姿は、芸術にすべてを捧げたものの姿だ。せった君は、音楽と世界をそのまま愛していた。
 ごく狭いところで生まれ、愛され、失われてしまった音楽。そういった芸術は、案外多いのかもしれない。同じような強さの光は、世界のどこかできっといくつも輝いているのだろう。
 せった君に会ってみたい、という読後の率直な想い。それはそのまま、私たちがいる世界への関心と愛着に、そして未来への祈りに通じているのだ。







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