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評者◆サウダージ・ブックス 淺野卓夫氏
小豆島で地方文化の再発信にチャレンジ
瀬戸内海のスケッチ――黒島伝治作品集
黒島伝治著、山本善行選
「一人」のうらに――尾崎放哉の島へ
西川勝
No.3137 ・ 2013年12月07日




■瀬戸内海・播磨灘にある小豆島は人口わずか3万人。そこに拠点を置き、地方出版に挑む出版人がいる。サウダージ・ブックスの淺野卓夫氏(39歳)だ。これまで、神奈川・鎌倉の出版社・港の人を通じて作品を刊行してきたが、今年1月に出版事業を基幹とする小豆島の企業・豊島オリヴアルスに編集長として参画。サウダージ・ブックスの名称を同社の出版レーベルと位置づけ、10月に新刊2点を刊行し、再出発した。なぜ小豆島という地を拠点に出版活動を行うに至ったのか。淺野氏に話を聞いた。


■淺野氏が出版業界に関わるようになったのは2004年の頃。文化人類学の研究をしていた名古屋大学大学院を辞めた後、大学院時代に師事していた文化人類学者の今福龍太氏の師匠にあたる山口昌男氏の付き人だったときだ。山口氏の口添えで、文化人類学の古典の翻訳プロジェクトを手伝うことになった。校閲・校正・翻訳チェックが主な仕事だったが、編集作業も同時に勉強していった。
 これがきっかけとなり、その後も今福氏や中沢新一氏、出版関係者の紹介で、編集やライター・翻訳といった仕事に従事するようになった。今福龍太編『私の探求――21世紀文学の創造』(岩波書店)や宗教学者のアラン・ダニエルーの『シヴァとディオニュソス――自然とエロスの宗教』(講談社)の翻訳、今福氏と吉増剛造氏の共著『アーキペラゴ――群島としての世界へ』(岩波書店)の編集など数々の作品に関わってきた。
 編集・翻訳の仕事に取り組んで3年が経った07年、東京・茅場町のギャラリーで今福氏主催の写真展の手伝いをすることになった。「ブラジル旅行記の名著『悲しき熱帯』を書いた社会人類学者のクロード・レヴィ・ストロースがサンパウロの街を撮影した写真集を、今福先生がブラジルで見つけて、再撮影のプロジェクトを始めた。1935年にレヴィ・ストロースが撮影した写真を手がかりに、2000年に同じ場所・アングルを探して写真に収めるというもの。それらの写真の展示会に企画から関わったのだが、展示が終わった後『これで終わってしまうのはもったいない』という話になった。私は人類学と写真論の本になると思ったのだが、テーマとしては細かすぎるので、どこの出版社に持っていっても出版は難しいだろうとも」。
 「自分で本を作ろう」――。そう思ったのだが、「本の中身のことばかり考えていて、ブックデザインとか文字、紙のことを知らないことに気づいた」。そこで、淺野氏は東京の製本講座に通い、手製本の制作を一から学んだ。「すべて手作りで工芸的な本を作りたかった。多くても10冊、20冊くらいのスペシャルエディションとして。しかし、作業がとても大変で1年がかりでたった1冊しかできなかった」。
 手製本を諦めた淺野氏は、「ブックデザインや文字の美しさにこだわった、きれいな本をつくる」と以前から注目していた、鎌倉の出版社・港の人の門をたたいた。
 何の面識もなかった。最初は自費出版の相談に来た「お客さん」だと思われていたようだ。しかし、「限定されたテーマだけど、商業出版として売らなくてはいけない本。人文書ではあるが、より広い人に関心をもってもらうためにデザインにもこだわりたい」などと熱心に口説いた。
 中々、結論は出なかった。だが、雑談で演劇の話をしていたときに、ポーランドの演劇人・ヴィトキェヴィチの名前を淺野氏が挙げた。すると、港の人の代表が食いついた。「この名前で話ができる人と会えたのは久しぶり」と話が盛り上がり、一気に共同で出版することが決まった。
 同時にサウダージ・ブックスという屋号も立ち上げた。レヴィ・ストロースが2作の写真集につけたタイトル『サンパウロへのサウダージ』、『ブラジルへの郷愁』にあやかったものだ。「サウダージとは、郷愁に近い意味と未来への憧れという時間軸がまったく逆の意味を持ち合わせる言葉。失われた世界への想いとこれから来ることへのワクワク感、それを本という器の中で大切にしていきたい」。そんな思いを抱きながら、既存の出版社では発刊できないが、少部数でも本という形に残さなくてはいけない企画を1年に1点書籍化することを使命に掲げた。
 09年に港の人との共同出版の第1弾『ブラジルから遠く離れて 1935―2000』が刊行された。初版は1000部。港の人には取次会社・JRCを通じて書店で販売してもらい、自らはイベントでの直販や、ブックカフェやアートギャラリーなどのルートで販売していった。
 当初は話題にもならず、書店でも売れなかった。そんなとき、NHKBSプレミアムで放送されていた書評番組「週刊ブックレビュー」で取り上げられ、書店からの注文が殺到。在庫の大部分はなくなった。
 第2弾は写真評論家の飯沢耕太郎氏の『石都奇譚集――ストーンタウン・ストーリーズ』(10年刊)、第3弾は姜信子氏の『はじまれ――犀の角問わず語り』(11年刊)と1年に1点、大事に刊行していった。その頃から、こだわりのスモールプレス、ひとり出版社などと周囲から呼ばれるようになっていた。
 そんななか、12年に京都に拠点を移した。東日本大震災とは関係ないが、仕事の都合上で一時的に京都に身を置いた。東京の出版社と仕事しながらも、京都でも編集の仕事に従事していた。だが、「このままでは本当に自分がやりたいことができない」と思い、京都での仕事を断った。そのときはサウダージ・ブックスの活動も停滞していた。
 京都に来て、以前から訪れている小豆島や豊島に行く回数が増えていった。「葉山でひとり出版社といわれ、違和感を覚えながらも地方出版のことをずっと考えていた。文化の豊かさは多様性によって担保される。地方出版が疲弊するのをみてきて、地域・地方に根ざした出版を自ら引き受けなくてはいけないと思うようになっていた。島に行って、本とどう関わっていくか、一度考え直してみようと思った」
 小豆島に移り住み、島のアートギャラリーで仕事することが決まった。「地域とアートがいま繋がるという潮流がきている。瀬戸内国際芸術祭、そしてこの島のアートギャラリーもそうだが、いまこそ、この島で文化的な仕事を起こすことはできないかと考えた。そこで自分なりにできることは出版を事業化するということ。地域の雇用の選択肢を増やすことにもつながる」。
 アートギャラリーを運営する小豆島ヘルシーランド(オリーヴの化粧品会社)の経営者に出版事業を持ちかけた。「これまでいくつもの地方出版の活動をフォローしてきた。その土地に生まれた人がその土地の文化を出版というかたちで残す――。だが、それが厳しい。従来の地方出版のような郷土史を発行していくだけではやっていけない。地域に留まらない普遍的な文学や思想のコンテンツを作れるのが私の強み」。すると、その経営者は「面白い本、奇麗な本で一緒に地域の活性化を」と言ってくれた。しかも、新会社への出資にとどまらず、人的協力や、同社の持つ事務所、流通インフラを提供するとまで言ってくれた。
 13年1月、豊島オリヴアルスを設立した。編集長は淺野氏、営業や財務などは磯田周佑氏が担当。スタッフ2人での船出となった。出版流通は直取引を行う出版社・トランスビューが引き受けてくれた。将来的には自ら書店と直取引していこうとも考えている。「よそ者として、地域の人が気付かない文化を再発見して、書物にデザインし、広く発信していきたい。地域にこだわらない本もつくっていく。ストレンジャーとして関わり、疲弊する地域の文化発信をどれだけ挑発できるか、そういう野心もある」。
 事業計画では年間5点の刊行を予定。10月には『瀬戸内海のスケッチ――黒島伝治作品集』と『「一人」のうらに――尾崎放哉の島へ』(※上掲書影二点)を初版2500部ずつで、2点同時に出版した。12月にも『感謝からはじまる 漢方の教え』(河端孝幸/B5判/80頁/1400円+税)と『焚火かこんで、ごはんかこんで』(どいちなつ/B5判/88頁/1500円+税)を刊行する予定。
 とくに『瀬戸内海~』は再出発の第1弾として、小豆島出身のプロレタリア文学の作家・黒島伝治に焦点をあてた。選者でもあるエッセイスト・古書善行堂店主の山本善行氏の協力をえて、政治的な主張よりも小説の巧さ、瑞々しさを前面に出している、小豆島を舞台にした短編集として仕上げている。
 「基本的にはロングセラーを作っていきたい。新刊の寿命は3カ月と言われているが、1カ月に何冊も出してケアできないまま新刊をつくって当面の金銭を得ていくというシステムだと、自転車操業にしかならない。刊行点数が増えても、長い時間をかけて丁寧に本を紹介・販売し、ゆっくりとでも版を重ねていって、読者の輪を広げていくような愛のある出版モデルをつくっていきたい」







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