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評者◆トミヤマユキコ
近い将来、谷口菜津子のことを「昔から知っていた!」と自慢したい。
No.3135 ・ 2013年11月23日




▼谷口菜津子著『わたしは全然不幸じゃありませんからね!』7・9刊、A5判一五二頁・本体一〇〇〇円・エンターブレイン‥発行/KADOKAWA‥発売
▼谷口菜津子著『さよなら、レバ刺し――禁止までの438日間』7・25刊、A5判一四四頁・本体一〇〇〇円・竹書房
▲【たにぐちなつこ】マンガ家、イラストレーター。1988年、静岡県生まれ。無類のレバ刺し好きで、自身のブログ「たにぐちF」にアップしたマンガ「レバ刺しとわたし」シリーズが「泣ける」「切なすぎる」とネット上で話題に。著書に『わたしは全然不幸じゃありませんからね!』(エンターブレイン)、『さよなら、レバ刺し~禁止までの438日間~』(竹書房)がある。

 レバ刺し。ユッケによる集団食中毒事件のあおりを受け、生食での提供が禁止されたアレです。禁止直前に駆け込みで食べた方、炙るべきところを勝手に生で食べちゃってる方、そもそも生肉に興味のない方……いろいろいるとは思いますが、かつて日本を席巻したレバ刺し騒動の中で、ひとりの女マンガ家が注目されたことをご存じでしょうか。

 彼女の名前は谷口菜津子。究極のレバ刺しを求めて放浪する女マンガ家と担当編集者の物語「レバミシュラン」の作者で、マンガのほかにイラストの仕事もしています。「レバミシュラン」の連載開始は2011年6月でしたが、約一年後の2012年7月にはレバ刺し提供が禁止されてしまうというまさかの展開が。そんな憂き目に遭いながらも、彼女は連載と並行してレバ刺しを恋人に見立てたマンガをブログにアップし始めます。いちど芽生えてしまったレバ刺しへの恋心を簡単に手放すことなどできないから、やがて終わると分かっているレバ刺しとの恋にゆっくりとケリをつける……そんな内容です。

 レバ刺しのマンガで泣くとは思いませんでした。アンパンマンでも泣いたことないのに、レバ刺しを擬人化したマンガで泣くって一体……しかも彼女の描くレバ刺しは、あまのじゃくで非常に扱いにくい性格。でもなんだか憎めないのです。

 「もうすぐ会えなくなりそうでこわい だから好きってたくさん伝えておく 短かった私とあなたとの人生 あなたのこと大好きで大好きで大好きだった私がいた事 この先ずっと覚えてて」(2011年6月4日)

 ……みなさんどうか忘れないで下さい、ここで「あなた」と呼ばれているのがレバ刺しであるということを。そして「私」はレバ刺しに対し想いを込めて「一番好き!!!」と伝えるのですが、当のレバ刺しは「二番目は誰よ~~~!!!」とご立腹。もうすぐ会えなくなるというのに、ちっとも素直じゃないのです。

 「大好きだった時間ってなんだったんだろう 未だに時々考えてしまう 答えはまた見つかっていないし 答えがある事でもないのだろう ただ君がいなくなった今でも一緒にいた時間が私の希望である事は変わっていない」(2012年11月18日)

 時は流れ、レバ刺し禁止後の「私」は、過去を振り返り、レバ刺しとの愛の日々を想い出します。食べてお腹を壊したこともあった。けっして美しいだけではない関係だった。それでもいいと思っていたのに、レバ刺しは遠くへ行ってしまった。読み進めるうちに読者はなんとも言えない心境に陥ります。レバ刺しが食べられないことが辛いのか「私」とレバ刺しの悲恋が辛いのか、その両方なのか。そして、これほどに何か/誰かを強く想ったことって最近あっただろうか。そんなことを考えずにはいられなくなるのです。

 こんな風に書くと、このマンガ家が恋愛モノを得意とする人物かのようですが、それだけにとどまらないのが面白いところ。私生活をネタにしたマンガでは、元カレのヤバすぎる奇行や己の非モテぶりなどについても描いていますし、「死ぬ以外なら何でもします!」をモットーに、滝に打たれてみたりもしている。トークイベントや対談の場に出て行けば、語りの面白さは人一倍です。

 しかし、どれほど守備範囲が広くても、やはり彼女は「絵師」です。ふだん描いているマンガも面白いのですが、彼女の展覧会で植物をテーマにした作品群を見た時の驚きはいまだに忘れられません。葉脈を丁寧すぎるくらい丁寧に描く感じは凄まじいものがありました。聞けば、庭が好きなのだそう。言われてみれば彼女のマンガにも「幼いころ森が好きで木に名前をつけていた」というエピソードがありました。

 どうやらレバ刺しの谷口、というのはひとつの側面に過ぎなくて、実は「植物愛」みたいなものに支えられた、ちょっと恐ろしいような「描きたい欲」があるようです。そして、その植物愛が通奏低音としてあるからでしょうか、なんだか目に見えないマイナスイオンみたいなものが出ていて、マンガの中で諍いや尾籠な話が描かれていても、不思議とまろやかに感じられるし、酷い話や汚い話もぜんぜん下品じゃないのです。この浄化能力は、他に類を見ません。植物と全然関係ない話を描いているときでも、どこか遠くに、木々がわさわさと生い茂る森があるように感じられるのです。

 今でこそ「レバ刺しの人」ですが、彼女の絵師としての能力は今後ますます大きく花開くでしょう。単行本デビューしたばかりのこの若い才能を今から追いかければ「昔から知っていたぞ!」としたり顔で言える日がそう遠からず来ます!







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