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評者◆山田宏明
ジャーナリスティックな視点と想像力を駆使して描く、スターリンの“独白”――タフさと抜け目のなさで際だった二〇世紀最大の政治家の一人
スターリン「回想録」――第二次世界大戦秘録
山田宏明
No.3135 ・ 2013年11月23日




■二〇世紀最大の世界戦争である第二次世界大戦。その勃発から終結まで、ソ連の指導者スターリンは何を考え、どう行動したか。二〇世紀のキーマンの一人である「鋼鉄の人」が、もしもこの時代を独白したとすれば……。作家・評論家の山田宏明氏は、この「もしも」に挑戦した。『スターリン「回想録」――第二次世界大戦秘録』は、豊富な資料と史実にもとづき、ジャーナリスティックな視点と想像力を駆使して、スターリンの述懐を独白形式で描いた一書だ。
 いま、改めてスターリンを取り上げる意図はどこにあるのか。
 「尖閣諸島や独島をめぐって領土問題が国際的に騒がれたわけですが、この領土問題というのはすべて第二次大戦の決着の仕方に起源があるわけですね。ですから、第二次大戦がどういうものだったかを考えないといけない。歴史的背景も知らずに相互の国のナショナリズムを問題にしても片が付かないわけで、そのあたりを調べようというのが、この本を書いた一つの動機でした」
 スターリンの「回想録」というかたちをとっているが、本書はスターリンそのものを論じたものではない。スターリンに関する本は汗牛充棟の観があるが、歴史学者や政治学者、あるいは新左翼系の人たちの手になるスターリン体制批判や分析とは一線を画し、あくまでスターリンの側から第二次大戦を書いたところに、山田氏のユニークな視点がある。
 「スターリンを語り部にして、ロシア革命以降、一九三〇年代後半から第二次大戦にいたるヒトラーの台頭とスターリンの独裁の確立、第二次大戦中のアメリカの大統領ルーズベルトとイギリスの首相チャーチルの角逐などを書くことがこの本のねらいだったわけです」
 山田氏は昨年に『熊取からの提言』(社会評論社)を刊行したが、執筆の過程で原発の開発の歴史に関心を抱いたという。第二次大戦を終わらせるため、アメリカは国家プロジェクトで原爆の開発を急いだ。戦後それが原発に転用され、ウェスティングハウスが原子力潜水艦の動力として開発した原子炉が、福島第一原発の一号機に使用された経緯は有名だ。だが、スターリンが日本の開戦にあたって大きな影響を及ぼし、その運命を決定づけたことは、意外と知られていない。
 「一九三〇年代後半にスターリンは赤軍の粛清を行って、トハチェフスキーら優秀な幹部軍人をみんな殺してしまい、赤軍がガタガタになりました。残った次世代のエース、ジューコフとティモシチェンコの二将軍のうち、スターリンはジューコフをヨーロッパ戦線からソ満国境に移し、ノモンハン事件の最高指導者に持ってくるわけですね。日本軍は赤軍と交戦して歯が立たないことがわかった。
 日本の軍部の中では何度も激しい論争がありました。陸軍は北進論の方が強く、ソ満国境に一五師団を張りつけていたのですが、ノモンハン事件の敗北で大本営はしだいに南進論に傾き、最終的に四一年に南進論でいこうと決めたわけです。そして東南アジアと南太平洋になだれ込んで、大東亜共栄圏を打ち立てようとし、アメリカをびびらせようと、真珠湾攻撃を行った。
 そのきっかけはノモンハン事件だったのです。つまり、スターリンが日本を太平洋戦争へと向かわせ、戦前の日本の運命を大きく変えたといえるでしょう」
 第二次大戦にいたる過程を丁寧に追うことで、スターリンの判断が日本のターニングポイントをつくったことを山田氏は明らかにした。実はスターリンは、日本帝国主義を非常に気にし、対策を講じていたのだった。
 「私はこの本で、スターリンが日本をどう見ていたかを、可能な限りの資料で明らかにしたいと思いました。ソ連は一九四五年八月、ソ満国境を越えて日本と開戦をしたわけですが、調べてみると、スターリンは独ソ戦が始まった頃もソ満国境付近に二〇個師団ほどをずっと張りつけているんですね。それほどスターリンは用心深く対日政策を布いていたわけです。この本ではさらに、スターリンが天皇制をどう見ていたかについても、私の主観も交えながら書きました」
 反対派を次々と倒し、ヒトラーとならぶ独裁体制を築いたスターリン。その人物像について、歴史的事実は事実として、クールに対象化すべきだと山田氏は語る。
 「私はスターリンの再評価をするつもりはないんです。ですが、第二次世界大戦でナチスドイツという怪物を破り、ヤルタ・ポツダムでルーズベルトとチャーチルを押し込み、ソ連と東欧エリアを固めたということは、善い悪いは別として、やはり二〇世紀最大の政治家の一人といえるでしょう。
 マルクス主義者としてはイデオロギーへの関心がなさ過ぎますが、あらゆる可能性を吟味した上で、駆け引きする読みの深さは、ただならぬものがあります。インテリではないし、人を殺すとか路線を変えることに逡巡や悩みは見られない。タフさと抜け目のなさで際立った人物であることは確かですね」
 スターリンがどんな“独白”を行ったか、本書でその醍醐味を味わっていただきたい。







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