書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆たかとう匡子
同人雑誌の価値について改めて考えさせられる――桜井信夫「『火をつけにきた男』 野間宏『暗い絵』の思い出から」(「ペガーダ」)、中尾務「富士正晴と『海風』同人たち――青山光二、柴野方彦との交流から」(「VIKING」)
No.3135 ・ 2013年11月23日




■今月は評論が面白かった。特に関心をもったものから二、三、書いていきたい。
 『ペガーダ』第13号(文学同人アニマの会)の桜井信夫「『火をつけにきた男』 野間宏『暗い絵』の思い出から」は形の上ではモデル問題。『暗い絵』に登場する北住由紀のモデルは水芦光子で女流作家。「新潮」や「小説新潮」にも時々執筆していて、野間宏との交流については『火をつけにきた男』に書かれた。かつて作者は新潮社に編集者として勤務した折、そこにたまたま水芦光子の娘がいて、借りて読んだ。この作品によると、その頃野間宏との殺伐たる日々を救ってくれたのは彼女の男友だちでもあった同人誌「三人」の仲間、富士正晴、伊東静雄だったという。野間は神戸生まれだし、関西の富士正晴も伊東静雄も私にとってはいろいろと読んできて親しみ深いが、野間宏のバックボーンがひとつひとつ生々しく語られていて大変な労作だと思った。作者は野間宏と同じ世代だから高齢だと思うが、私など、北住由紀にモデルがあることなど初めて知って、こういう形で書いておいてもらわないと歴史の闇に入ってしまうので有難かった。普通のジャーナリズムの中で発表してもらっていい内容だけに、若干惜しい気もするが、逆に同人雑誌の価値というものについて改めて考えさせられた。
 『VIKING』第752号(バイキングクラブ)の中尾務「富士正晴と『海風』同人たち――青山光二、柴野方彦との交流から」は同じ意味で、富士正晴の交友関係を書いていて興味深かった。この時代はまだ知られていないことが多くあり、こうして書いておいてもらってよかった。今年は織田作生誕100年もあり、なかなかタイムリーな文章だと思う。
 『VAV』第20号(VAV発行所)はかつて70年代世代のラジカリズムの流れを汲むグループ。成田昭男「詩よ、三人のラディカルをさがせ――松下昇・菅谷規矩雄・北川透の関係史(四)共同性と自立の交錯(一)北川透は谷川雁をどう読んだのか」は私などにはなかなか手に負えないが、読後感としてはいろいろ教えられもして面白かった。ただ同じ成田の「未定なる名古屋中原中也まつりを諦めず(戯曲のような)レーニン、中也を尋問する」などはこういうのを何故書いたのかちょっとわかりにくい。けれども妙に気にはなった。また、陶山幾朗「真昼の喧噪――パステルナーク事件の光景(一一)再び、モスクワ芸術座へ――岡田嘉子の《罪と罰》」は歴史を掘り起こし、今はなくなったソ連邦の問題が扱われていて、通念や常識をひっくり返すような批評があって興味深い。ふだん読みなれない文章を読ませてもらったという意味でもこの雑誌は刺激的だった。
 『LEIDEN』第4号(雷電舎)の高橋秀明は近刊詩集が出たばかりだが、この詩「家族」が主題の部分に関しては平明な日常語とか意味を中心に書いていて、この作者としては珍しい。とは言っても「ベルリンの壁が崩れた一九八九年から/失業中の私に松下昇氏の訃報が垣口さんから伝えられた」などのフレーズがさりげなく入っていて、一筋縄ではいかない、やはり高橋秀明だ。しっかりシンボル操作されていて、今から見たら特殊な構造と見えなくはない。また松下昇が出てくるが、私らの世代ならともかく、今の普通の読者にこのままでつながるかどうか。ふとそんなことを思った。
 『遍路宿』第198号(ずいひつ遍路宿の会)の佐々木三知代「一代限り」は「誰も住まなくなって、もう三年目になる」、「両親亡き後は古い家と山林化した広い果樹園跡地がそのままある」という。今までにも書いてきたが、大事な問題がここにあり、近代に至るまでの故郷は、「兎追いしかの山」ふうで、そこを出た若者がはるか健全な父母を歌っている世界であり、いずれは自分が面倒も見るよというメッセージの歌だった。本来そうあるべきなのに、現在ではすっかり様相を変え、生まれ育った故郷に帰ることはほとんどなく、そこが「一代限り」だという寂しいエッセイだが、時代が変わりつつあるなかで、この問題は考えつづけていってほしい。
 同じ関連で『女人随筆』第130号(女人随筆社)の渡辺美千穂「だから困る」は「少しでもまとまった休みが取れると、奈良の両親のもとに駆けつけることにしている」と現実そのものから書き出すが「できれば行きたくない」という。このふたつのクロスがテーマ。この、今、私たちに突きつけられている課題は人ごとではない。最後に「だから困る」で終わっているが、これが現実。いずれも名エッセイである。
 『双鷲』第80号(双鷲社)は稲垣瑞雄追悼号。妻であった稲垣信子「『双鷲』に命を賭けた夫」はその死までの「日記」の再現で、創作はいっさいないといい、長文で百枚を超える(ただし、ここまでで前半)。この紙面では紹介しきれないが、これほどまでに微細に、粘り強い表現、記録(=写実)の方法に私は感心し、ひとつひとつに感動した。死にゆく人を看てゆく人のプロセスを時計の針が動くように書き継いでいる。ついでながら稲垣信子には『「野上彌生子日記」を読む』の著書もあり、克明さにおいては当たり前かもしれないが、紹介をかねて書かせていただいた。
(詩人)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約