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評者◆池田雄一
太陽の錬金術とかピュアリズムとか
No.3134 ・ 2013年11月16日




――各文芸誌の新人賞の時期になりました。「すばる」がふたり、「新潮」と「文藝」がそれぞれひとりと、合計で四名の新人が登場しました。
▼文藝賞は今回で五〇回目ということで、第一回目の選考会の写真が載っていたけど、そのときの選考委員が、福田恆存、寺田透、野間宏、中村真一郎、埴谷雄高というメンバー。何だか時代を感じるよね。
 受賞したのは、桜井晴也の「世界泥棒」なんだけど、なぜか強く「映画」というものを意識させる小説だった。野心的な作品だと思う。まず、この作品世界をつくりあげていく文体というか文章が「流れ」と「切断」を強く意識させるようなつくりになっている。
 作品の舞台となっているのが、学校を中心とした閉鎖的な空間で、どういうわけか子供たちの「幽霊」や、子供を食ったりする「野人」が、何の説明もなく、当たり前のように登場する、というか語られている。登場する人物や建物などのオブジェは、なかば匿名で抽象的な存在として語られているんだ。こうした存在を、息の長い文章でたがいにリンクさせて、ひとつの完結した独自の世界をつくりあげている。リンクさせるには、匿名的である方がいいんだよね。そしてその学校では、子供どうしの「決闘」が、制度として採用されている。これはピストルによる、ガチの殺しあいなんですよ。決闘では、いろんな体液が飛び散ったりして悲惨なことになっているんだけど、不思議と死を感じさせるような気がしない。何故なら作品世界そのものが死の世界に属しているから。
 一方で「切断」を意識するのは、もっぱら「た」による文末の効果なんだと思う。この「た」によって、作品の出来事は、「流れ」そのものである作品世界から切り取られ、ひとつの現実として固定されるんだ。
 ――何だかドゥルーズの「潜在性」の概念みたいですね。
▼そうそう。流れに満たされた潜在性の海から、いかにして個々の島々を削りだしていくのかがこの作品のモチーフではなかろうか。その点については、千葉雅也の『動きすぎてはいけない――ドゥルーズと生成変化の哲学』(河出書房新社)にくわしい。そこでは、ベルクソン的な持続の概念が含意している、ある種のホーリズムに対して、ヒューム的なというかゴダール的な切断をいかに導入するかが、ドゥルーズ哲学のモチーフになっているとあるんだけど。
 ――切断を意識させるソリッドな文体というと、今回の受賞作にはそういう作品が多いように思いました。
▼新潮新人賞の上田岳弘「太陽」(「新潮」)もそうだよね。最近の作品で言えば、前回扱った太田靖久の「コモンセンス」も入る。おそらく中村文則あたりが、その草分けだと思う。時代の空気としては、前回話したように、「アートであること」と「死体であること」が同義であるような風潮に対応した作風がでてきている印象があるね。
 この「太陽」も力作だよね。スケール感がすごい、というかおかしいよね。まずは太陽と核融合と金の生成についての、いわば百科全書的な語り口から始まるんだけど、そのあとすぐにデリヘルの話になるというのは、いくら何でもあざとい気もする。けれども、三人称という形式をこれだけ使い倒しているのはすごいと思う。
 三人称の特殊性というのは、固有名詞が持っている特殊性と関係あるんだけど。固有名詞の持っている特徴を生かして、この小説は人工衛星的な視線を獲得している。これを「GPS小説」と呼びましょう。
 ――またしても勝手に名前をつける癖がはじまりました。
▼考えてみると、この小説の主題も固定指示詞なんだ。固有名詞も固定指示詞のひとつなんだけど、クリプキの議論をじっさいに読むと、固定指示詞って固有名に限らないんだよ。たとえば太陽系において、太陽は固定指示詞の位置にある。他の惑星がなくなっても太陽系は太陽系だけど、太陽がなくなったら、もうそうじゃない。金もそうだよね。兌換制だったころは、金は価値そのものを固定する役割を持っていたんだから。そういえば金と太陽って似ているよね。なぜ金がそのような位置にあるかというと、金を生成することが不可能だからでしょう。
 そうなると、この小説にある「錬金術」という小道具が効いてくるんだよね。錬金術というのは、金の固有性を、匿名というか一般名に変えよう、という運動のことでしょう。
 ――錬金術って流行ってるんですか。すばる文学賞に選ばれた金城孝祐「教授と少女と錬金術師」なんてのもありますが。
▼錬金術ならびに屍体アートというモチーフが流行るのには、何かあるんじゃないの。「教授と少女と錬金術師」は、会話文がすごすぎて驚いたけど。
 ――すばる文学賞は二作同時受賞で、もう一作は奥田亜希子「左目に映る星」が受賞しました。
▼これはドラマにウエイトをおくタイプの小説だ。主人公の早希子が、小学校時代に同級生にむけて抱いていた淡い恋心を、大人になった今でも大事に思っている。「吉住くん」だよね。面白いのは、早希子が想っているのは、現在の吉住ではなく、当時の吉住、つまり妄想のなかの吉住なんだよね。早希子は、ひとりのアイドルオタクに会うんだけど、純粋な恋心と、アイドルに抱くピュアな想念が完全にリンクしている。恋心にかんしての異種格闘技を観ているような気分になる。
 早希子は左目だけ乱視なんだけど、それにより左目だけで周りを見ると、世界がちょっと歪んで見える。その歪んだ風景もピュアに見える。吉住くんも、小学校時代はおなじ乱視だったんだけど、彼がコンタクトレンズをつけた時点で、早希子の初恋は終わるわけだ。
 超越的なものに対しての、こうした純粋な希求というのは、現代の小説でもたまに見られる主題のような気がする。小説におけるピュアリズムとでも言うべきか。ピュアリズムの代表格は川上未映子だよね。
 ――そう言えば、川上氏は八月に『愛の夢とか』(講談社)で谷崎潤一郎賞を受賞しましたね。今回の「新潮」には「ミス・アイスサンドイッチ」という作品も掲載されています。
▼デビュー当時は「エクリチュール系女子」みたいな印象で、その流れで芥川賞まで獲ってしまった。けどあの時期って、彼女にとっては試行錯誤の時期だったんだと思う。それが何となく前衛的に見えていただけで。彼女の方向性が決まってきたのは、まちがいなく『ヘヴン』あたりからだよね。まさにピュアリズムと言っていい作品だ。そのあとの『すべて真夜中の恋人たち』も、完全にその方向性を踏襲している。夜道からみえる光のイメージが鮮烈な作品だった。
 今回の「ミス・アイスサンドイッチ」も、ピュアリズムの王道と言える作品だよね。主人公の「僕」は、スーパーでふと見かけたサンドイッチ売り場の女性を勝手に「ミス・アイスサンドイッチ」と命名するんだけど、この女性の顔のつくりって、不思議なことにぜんぜん想像できないよね。
 ――この「僕」が見ている「ミス」と、他の人が見ている彼女は違う気がしますね。
▼「左目に映る星」にでてくる、乱視の左目で見たような感じでしょう。その彼女に対して主人公は、恋心というよりももっとピュアな何かを抱くわけだよね。ただの「思い」と言っていいような。この「ミス」は、人に媚びないというのもあって、まわりから意地悪されたり悪口言われたりするんだけど、それが怖いというか泣けるというか。『ヘヴン』でもそうだけど、人間の惨めさとかやるせなさを書くと、この人はうまいんだよね。
 そして最後まで読むと、この作品が非常にモラリスティックだということがわかる。最初はただ見る対象だった「ミス」に対して、積極的に関わろうとするんだけど、その下りが泣かせるんだよね。
 ――ピュアと言えば、綿矢りさ「いなか、の、すとーかー」(「群像」)なんかもその系統なんじゃないですか。
▼全然ちがうぜよ。この作品は、むしろピュアリズムに対してのアイロニーとして書かれている。だいたいこの作品、一人称の「おれ」で語られているでしょう。この人称がうまくいっているのは、書き手が「おれ」なるものを、いっさい信用していないからだ。その「おれ」が、若手の陶芸家というだけで、すでに不吉な予感がしてくる。まったく人が悪いよね。この底意地の悪さが、彼女の場合、どこかパンキッシュなんだよね。
 この作品では、二種類のストーカーがでてくる。最初のストーカーは、文化というものに転移している。「おれ」をあくまで文化的アイコンとして見ている立場だ。次のストーカーは、「おれ」を幼なじみの「お兄ちゃん」として理想化するタイプ。「左目に映る星」にでてくる「吉住くん」のようなものだよね。いまの吉住くんが気に入らないので、彼がつけているコンタクトレンズを、無理やり舌で舐めとるようなタイプのストーカーだよね。
 ――いや、舌で舐めとるって、それは「爪と目」にでてくる古本屋のことでしょう。
▼でも、こうしたピュアリズムと綿矢的アイロニー、あるいはピュアリズムと錬金術のモチーフについては、機会をあらためて論じたくなるね。何だかグスコーブドリ的にやばい話になりそうだけど。
――つづく







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